第六話 奴隷商人と遊ぼう

「と言うわけで参ったぞ!」

「ん???」


 漫画の描写のように、店主は器用に?マークを頭上に出す。

一体どうやって出したのだ?


「いやいやいやいやお嬢様?教養のないあっしにはどうにも理解が追いつかなかったのでしてね、どういうわけか教えていただけないでしょうか?」

「店主、自身を卑下する必要はないぞ。学はなくとも、立派な商人として立身出世を成し遂げたではないか!誇って良い」

「はあ、いや、ありがたいお言葉ですが…そこではなく…」


 ぽりぽりと頭をかく店主に、私は右手を握り、手を開いた左手で受け止めるように、ポンと叩く。


「…その表現今時します?」

「そうか!店主、聞いていなかったのだな。ではもう一度話すから次はちゃんと聞いているのだぞ。

つまり、父上はいつも買っているだろう?だから私も買いに来たというわけだ!」

「え、ええぇぇ、初耳ぃ…ですし、そんなお菓子を買いに来たみたいな気軽さで来られても」

「ええい!良いから見せるのだ!」

「無理に押さなくても見せます!見せますから!」


 王城のある城下町で、路地裏だが、よくぞ店を構えられるものだと感心する。

罰則がないとはいえ、奴隷制度は廃止されたのだぞ?

まあ、買いに来た私の言えることではないが。

見た限り、三十代で商人としてはまだまだ若手だが、王都で貴族相手に商売しているのだから、かなりのやり手なのかもしれない。

触ってわかったが、細身だが体も鍛えているのだろう。

ところで、狐目で目を開いているのか閉めているのかわからん、ちゃんと私が見えているのだろうな?


「ちなみにお金は…?」

「父上にツケで頼む!」


 店主は顔を青ざめさせて、ヒュッと息を飲んでから俯いた。

泣き寝入りすることになった強盗被害者みたいだ。

だが、父上も好きなものを買って良いと言っていた。安心しろ。


 さて、どいつにするかな。

私は腕組をして奥へと足を進める。

扉にはどれも鍵がかかっていたが、全て店主が先回りして開けてくれた。

よしよし、褒めて遣わす。

一番奥の部屋がVIPルームか?

ガラス越しに、個室がそれぞれあり、室内も快適そうだが、どの檻の中も人間たちの表情は暗い。

入室者の私を見ると、怯え、怒り、戸惑い、様々な感情が突き刺さる。

高額な奴隷ほど感情が残り、値段が下がるにつれ、私のような子どもにも必死に媚びようとする奴隷の姿に私は何かを思ったが、忘れた。


 奴隷は基本力仕事を求められるので男の方が売れる。

治水工事や前の前の国王の時代から終わっていない開拓事業など、男手は足りてないのだ。

女の場合は極端に値段が安いか、高いかの二極化がひどい。

安い者は娼館に売りたたかれ、高い者は血筋がはっきりしていると天文学的な数字までというと大げさだが、かなりの値まで数字が吊り上がる。


「私が奴隷なら高い値段で売れただろうな!店主!」

「あ、はは、あ」


 ジョークがブラックすぎて、笑いきれず固まる店主。

悪役令嬢の奴隷エンドではもっといい笑顔をしていただろうに。

さて、どうしたものか。

悪役令嬢なのだから、侍らせるのは見目の良い男の奴隷だろう。

付け加えれば、力は強い方が良い。

しかもいざという時はヒロインに誑かされてくれないと困る。


 私はいくつかのガラスの前で立ち止まり、部屋をぐるりと見まわして、なぜか私を冷や汗を流しながら、じっと見つめてくる店主を無視して、壁際に近付く。


「お嬢様ぁ!」


 女のような声を出すな、気持ち悪い。

私が壁をリズミカルに叩くと、隠し扉が開き、地下への階段が現れた。


「勘弁してください!破産しちまいます!」

「だから金は払うと言うておろうが」


 父上が!


「だ、だれか止めてくれ」


 だが、唯一私を止めれる立場のダイナは無機質な表情で佇むだけだ。

使用人といい、解放奴隷たちといい、奴らの感情は父上によって支配されている。

本当、父上の悪役ムーブには頭が下がるな。

これは絶対王子と結婚してはいけないやつだ。国が滅ぶ。


 階段を下りると、いくつかの術式が壁一面に刻まれ、その中央にはガラス張りの部屋があった。

部屋の中は狭いが、ベットもソファもテーベル、小物に至るまでどれもが最高級品。

これは破産してもおかしくない。

つい、笑いが零れる。


「よく、捕まえたな」


 そこにいたのは、耳のとがった、ファンタジーのお約束。


 エルフの少年だった。


 少年は、ぼんやりと檻の中央のソファに座り、宙を見つめている。

指通りのよさそうな金髪は櫛で梳かしていないのか乱れているが腰に届くほど長く、中性的な神々しいまでの美貌の横には、人外である証拠の特徴的な尖った耳が鎮座している。

真っ白なワンピースを着ているのにも関わらず、私が一見して、少年だと判断したのは、単に檻の前の立て札に書いてあるからだ。

その立て札にはどこで捕まえたかの概要と施された術式の内容、そして性別が書いてある。

不思議なのは、エルフの少年の頭上にはタンポポの花冠があること。

似合ってはいるが…似合っているが、必要か?

そう思うのは、女性にネックレスを必要かと問うことと同じことなのか?


「あの、何故手を振って?」


 恐る恐る尋ねる店主。

まるで猛獣の機嫌を損ねないか心配しているようだな。


「なんだ、全然反応しないではないか」

「ええ。自我を奪っているので」


 さらりととんでもないこと言ったぞ、こやつ。

危うく流すところであった。

私が問い返すと店主はエルフには当然の処置だと答える。


「意志がなければ魔法も使えない、逃げることもしない。費用対効果が高いから実施したまでのことですよ」


 人間の場合は魔力を抑えるだけで事足りるが、エルフとなると、精霊が関係する場合がある。

そのため、自我を抑える必要があるそうだ。。

魔法と魔術の違いについては私もわからんが、とりあえずこの世界の人間が使っているのが魔術で、エルフは魔法。

この二つは、別物らしい。


「しかし、タンポポか。可愛らしいな。

首輪ではなく、花冠とは考えたではないか」

「お褒めに与りまして」

「よし!名前はマーチだな!」

「はは、購入は決定したのですね……」


 がっくりと肩をおろした店主だったが、立ち直りも早く、てきぱきと手続きをしてくれた。

自我を奪っているという花冠だが、孫悟空の頭の輪っかのように物理的な手段で外すことはできないが、主人の意志一つで外れるらしい。

そして、外してからは保証の対象外だそうだ。

つまりつけたままでもいいし、外してもいいということか。

将来的には私を裏切ってほしいので外したいが、今はつけたままでも良いかもしれん。

その方が、花冠をしたような屋敷の人間たちとうまくやっていけそうだ。


「日常生活を送れる程度には、自我の抑制を大分緩めましたが、宜しかったのでしょうか?」

「良い。奴隷につける使用人などない。私が手伝うわけにもいかん。自分のことは自分でやってもらわなければな」


 私は花冠に魔力を流し、契約の言葉を口にする。

そして、名前を魔力で刻み込む。

名前付けは主人の特権であり、名前を付けたことで主人となるのだ。


「マーチ、行くぞ」


 私が促すと、店主によって檻から出されたマーチはぼんやりと私を見つめた。

私が歩くと、ダイナと共に後ろから着いてくる。

反応がなかったが、私の言葉はちゃんと届いていたらしい。

しかし、無口キャラかぶりがひどい。


「世話になったな、店主。また遊びにくるぞ」

「もちろん、遊びに来ていただいても良いんですがっ!一応、このお店、奴隷商なんですがね?!どうぞ、御贔屓にっ!!」


 やけくそ気味に叫ぶ店主に手を振り、勇者のパーティのように一列になって、店を後にした。

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