第七話 ダフォディルはラッパ水仙
「それで、その子にしたんだね?」
父上はニコニコと笑いながら、机の上で組んでいた腕をほどいて、手招きをした。
私は救いを求めるように後ろを見たが、ダイナとマーチの二人が揃って並んでこちらを見るばかり。
無口キャラには荷が重すぎるか。
諦めて私は父上に近付くと、父上は手を伸ばし、私の頭を撫で始めた。
「どうして男なのかな。婚約者ができたばかりの子が外聞が悪いとは考えなかった?」
いやあ、悪役令嬢には男の従者も必要だってことしか頭になかったな、わはは。
などと正直に物申せば、今頭を撫でている手の力が増すことは予想できる。
父上大好き作戦も機嫌の悪い状況では、媚を売っていることがバレバレな悪手。
「父…お父様、わたくし、殿下の婚約者として、これまで以上に身辺には気をつけなければと思いましたの。ダイナは諜報も近接戦闘も得意かもしれませんが、魔術や魔法に関しては人間には限界がありますわ。ですから、魔法を自在に操ることができるというエルフが従者に必要だと判断したのです」
「ダイナ…?」
その名前を聞いて父上は眉をひそめ、少し考え込む。
それから父上はちらりと私の背後の二人を見て、うんうんと頷いた。
「勝手に街に殿下を連れ出して、冒険者の登録をして、それで身辺に気を付ける?うん、理由が弱いな。」
そんな、としょげそうになる私に、父上が「ただし」と続ける。
「エルフは成長が遅いから女の恰好をさせておけば、オクタヴィアが結婚するまでは誤魔化せるだろうね。子どもということも護衛の目くらましにはなる。エルフは人間の国に来る時、身体的特徴を一部隠す魔法を使うと聞く。それはできるかな?」
マーチは、ぼんやりと天井を見ている。しみ一つない。
一体何を見ているのか。
そういえば、猫や赤子も時々何もない空間を見ていると聞いたことがある。
突然差し込まれたホラー話だったが、特に意味はない。
「マーチ、自分の耳を人間の耳に形を変えられる?」
父上の言葉には反応しなかったが、私が声をかけると、マーチはゆっくりと私へとぼんやりとした顔を向け、何か言葉を口にしたかと思うと、一瞬のうちに、耳が見慣れた形に変わった。
人外染みた美貌はそのままだが、それでも耳一つで人間に見えてくる。
「お父様!衣装はわたくしが考えたものがありますの!ぜひこちらを作っていただけないかしら?」
私の衣装案は、なんちゃってクラシカルロングメイド服だ!
いつかのために考えておいてよかった。
やはり、メイドにはメイド服が必要。
まさか、男の娘キャラが手に入るとは思っていなかったが、準備しておいてよかった。
マーチは見た目が十代前半だから、幼なメイドという感じだ。
メイドショタ。
罪深い響きだ。
父上は私が差しだした衣装案をちら見してから机の上に置いた。
あまり興味がなさそうだ。興味があっても困る。
「それにしても、オクタヴィアは面白い名前をつけたね」
「面白い名前?」
「13番のことだよ。ダイナと呼んでいるんだね。そして、エルフをマーチ、だっけ?」
どうやら、父上は私のネーミングセンスが気になっているらしい。
メイド服の時よりも、食いつきが良い。
前世の記憶のある私には、オクタヴィアもダイナも同じ外国風の名前にしか思えないが、父上からしてみれば、変わった名前なのかもしれない。
そして、さらりとダイナのこと番号で呼ばなかった?
まさかの名前じゃなく、数字呼びなのか?
さすが黒幕。悪役っぽい。
だからダイナも私に名前を教えてくれなかった?
…いや、あれは無口属性だからだ。
余計なことは話さないように教育されているだけだな。
「文字通り、名は体を表すからね」
この言葉、結局は鶏が先か卵が先かの論議にならない?
父上は私の名前付けの理由を気にしていたようだったが、私は思いついたかっこいい名前をつけただけだと説明した。
だって、なんて説明すればいいのかわからん。
単純に本名を教えてくれない、知らないから、同じく偽名であるアリスになぞらえただけだ。
ダイナはアリスの飼い猫。
そして、マーチはアリスが不思議の国で出会う三月ウサギ。
前世の物語のキャラクターから名前をとりました、なんて説明できるわけがない。
「では、私にもつけてくれるかな?」
「父上の?」
「お・と・う・さ・ま」
「お父様の、ですか?」
突然の無茶ぶりに困惑する。
父上にとってはただの遊びなのだろう。
最近あまり親子の会話や遊びが少なかったからな。
私も親子のコミュニケーションは大切にしたいと思っている。
だから、私は頭をひね、ひねり、ひねひね…思いつかん!!
「ダフォディル!」
ドドドドドストレーエエエト!!!
ひねりも何もない!
一周廻って真っ直ぐになっちゃった感じだ!
「ダフォディル?」
「だって、お父様の名前、ナルキッソスでしょ?!
ナルキッソスと言えば、水仙という当然の帰結、公然の判決、突然のラップ!」
「…慣れない人間が無理に韻を踏もうとしなくてもいいよ。恥をかくだけだ」
うわぁぁぁぁ!ぼかん!
爆発オチなんて最低!!
羞恥で心が死んだ私は、いつの間にか父上の膝の上で抱きしめられ、そのまま数十分思考が停止したままであった。
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