第五話 悪役令嬢は常に見張られている

「あ!」


 自室でベットで横たわりながら、私は昼間、城下町で抱いた疑念の答えを思い出していた。


「第一王子の俺様。裏がある優男の第二王子。ヒロインの母違いの弟。お兄さん代わりの実直な騎士見習い。ちゃらんぽらんな教師」


 どうしてもっと早く気付かなかったのか。

小説と違う。

第一王子じゃない。

ドミティウス殿下は、第二王子だ。


「だが、どういうことだ」


 私は、枕に突っ伏し、足をばたつかせながら、小さく唸り声を上げる。

悪役令嬢の婚約者が、第二王子に代わっている?

それとも私が勘違いしているだけで、私は悪役令嬢じゃない?

ドミティウスの兄君の婚約者が本来の悪役令嬢?


「そんなことはない」


 それは断言できる。

なぜなら、小説の中の悪の親玉が父上だからだ。

悪役令嬢の名前もオクタヴィアだし、ここまで一致して偶然はない。

それに、ドミティウスは第二王子なだけで、性格も俺様で、外見も小説の描写に近い。

だとすると、わからないのは第一王子か。


「いや、それよりもどうして父上は第一王子ではなく、私を第二王子の婚約者としたんだ?」


 権力を望んでいるのなら、次期国王の第一王子の婚約者という肩書を娘に与えたいと思うものではないのか?

それとも、まさか第一王子は次期国王ではない?

第一王子には何か、順当に王位を継げるとは思えない欠点があるのか?

欠点というのは個人ではなく、とりまく周囲も含めてだ。

かといって、七歳のオクタヴィアの記憶の中には王族の詳しい情報はないし、小説はエタってるし、判断材料に欠ける。

 

 難題だ。

情報が偏っても困る。

父上も、自分の都合の良い情報しか与えないだろうし、何も教えてくれないということもあり得る。

誰か王宮に詳しくて、客観的に物事を見ることができ、それを子どもの私に教えてくれる都合のよい人物はいないものか。


「いるわきゃないか」


 そんな奴いるわけない。

どいつもこいつも派閥があり、人間関係に揉まれ、恣意的な情報統制の中生きているのだ。

私が知りたい情報は、私自身でしか知ることはできない。

となると、どこを調べるか。

私が思い浮かぶのはそれこそ、王宮だ。

だが私が早くても行けるのが、一週間後。

学院への入学は七月。

それまではこうして週に一回のペースで会う機会を設けるらしい。

後一週間か。


 モヤモヤするけど、どうにもならない時は、別のことを考えよう。

悪役令嬢として悪役をこなすには、やらなくてはいけない課題が山積みだからな。

とりあえず、戦闘経験と冒険者の人脈づくりは順当にいけばクリアする。

魔術や貴族の人脈も七月に学院に行くことでクリアするだろう。

そうすると、前段階として、今すべきこと。

完璧な悪役令嬢に必要なものは、美貌と金だが、美貌は既にクリアしているし、金も持っている。


 だとすると…悪役令嬢の配下か。

貴族の取り巻きは学院で作るとして、悪役令嬢の手となり足となり、ヒロインを害する配下となると、どうしたものか。

理想は、ヒロインの隠し攻略キャラになるくらいのチョロさと忠実さを兼ね備えた暗殺者だ。

最終的には私からヒロインに寝返って、私を悪役令嬢として輝かせてほしい。

しかし暗殺者なんて普段生活してて知り合う機会一切ないドマイナーな職業だ。

もっと勧誘しやすそうな、攻略キャラになりそうなのは、弟か執事か。

だが、父上は手が早いから他にも腹違いの子どもがいそうなのに、子どもは私一人だ。

私の母親の死後は、妻すら娶っていない。

私が王子の婚約者として外に出るのなら、後継ぎは必ず必要になると思うのだが、父上は何を考えているのか。国を滅ぼすから、どうでもいいのか。

執事に関しては、家のことを取りまとめたりする執事はいても、私付きはいない。

その執事も、他の使用人同様、感情が死に絶えた人形みたいで人間味がないし、攻略キャラにしては華がない。


「ダイナ!ダイナ!」

「はい」


 ベットの下から女の声がした。

ホラーでこういう展開よくあるよね。

私はベット下を身を乗り出してのぞき込む。

影と同化していて、目を細めてもよく見えない。


「いるのか、ダイナ」

「はいお嬢様」

「いるなら出てはくれないか。首が痛い」


 私が促すと、ゆっくりと影が這い出てきた。

真っ黒な衣装に日焼けした褐色の肌、ざんばらに切られた短い黒髪。

父上の手足となる奴隷上がりの集団の一人。

父上は『 秘書官 』と呼んでいる。

秘書という名前だが、その名前から想像できる範囲から逸脱している仕事をしている。

わかりやすくするなら闇の~みたいな名前つけた方が良いと思うのだが、自ら悪だくみしてますって言ってるようなものだからわかりやすさは求められていない。


 ダイナは私の影のようなもので、いつも私と一緒だ。

といっても、毒殺未遂があってからだが。

父上が私の見張りに、とつけてくれたのがダイナだ。

ダイナから話は聞いているだろう父上が何も言ってこなかったということは、つまり冒険者になることは許されたということだな。きっとそうだ。

ちなみにダイナという名前は勝手に私が呼んでいるだけで、本名は知らない。

ダイナ、無口属性だからな、私とプライベートの話はせんのだ、わはは。

…嫌われているとかではないぞ。

だから、王子には護衛はいないと言ったが、正確に言うとダイナはいる。

王子に話すと面倒だから言わなかっただけだ。

父上の謎の部隊なんだぞ!などと説明できるわけがない。


「早速だが、明日父上がダイナたちを買い取った店に行きたい。案内を頼む」


 今世陛下の治世になってから、奴隷制度が廃止されたわけだが、今は法が追いついておらず、奴隷を売り買いしても、所持していても罰則はない。

奴隷制度が根付いたこの国には緩やかな改革が必要なのだろう。

それでも反発の声は大きいから、陛下の苦労が思いやられる。

そして、父上の秘書官は、解放奴隷によって編成されている。

父上は奴隷を買い取り、解放するという手順を踏むことで忠誠心を植え付けている…のだろうか。

私が知っていることは使用人たちの噂話で知ったことのみで、秘書官という存在があることとそれが解放奴隷であるということだけだ。

使用人たちよりも処遇が良いのか、様々な悪態や陰口を叩かれている。

とにかく、その奴隷を父上が購入した先を私は知りたいのだ。


「閣下の許可を頂いておりません」


 ダイナはいつも無表情だな。

もっと笑えば可愛いと思うぞ?

栄養状態が悪かったのか、外見は十代に見えるが、もう少し年上かもしれん。


「店の名前を教えるだけでも良い」

「閣下の許可を頂いておりません」


 ロボットか?RPGの村人か?

仕方のない。

明日の朝、父上におねだりするか。


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