第四話 冒険者ギルド

 案内されたのはギルド三階の一室であった。

応接室だろうか。

貴族相手のものなのか、調度品も値が張りそうなものばかりで、使用人から借りてきた服を着てきた子どもの私たちには似合わない部屋だ。


「改めて、俺の名はヴァレリウスだ。一応ここのギルド長をやっている」

「私はアリス。隣が…えっと」

「ネロだ!」


 初々しく、周囲を見渡していたネロだったが、話はちゃんと聞いていたらしく、すぐさま名乗りあげた。

それをヴァレリウスは、髭でよくわからんが、目を細めて笑っている。


「二人とも十五階位からだな。頑張れよ」

「いづれはネロには最低でも三階位には至ってもらうが、目安としてヴァレリウスは何階位だ?やはり長というもの、一階位か?」

「おうおう、三階位とは大きく出たな、坊主!」

「俺様はそんなこと言ってない!!」


 だが、ヒロインの相手役、悪役令嬢の婚約者である王子という者は、強くないといけないものなのだ。

少年には頑張ってもらわないと困る。

私もヒロインに立ちふさがる壁として、ある程度強敵(物理)でなければ、話が盛り上がらんからな。

すぐに死ぬようでは悪役令嬢の名折れだ。


「まあ、一応第一階位ドゥクスだ。だが、個人としての資質で言えば、俺は第三階位に劣るかもな」

「…勇将ルクルスの再来と呼ばれた男がか」


 どうやら、ネロは大男を知っているらしい。

それもそうか、奴は将来国を背負う男。

幼少期から最先端の英才教育を受け、休む暇も遊ぶ暇もないというから、児童虐待を疑われるほどだ。

小説では甘やかされた我儘坊ちゃんという感じだったから、一体どういう紆余曲折をへたものか。

ヴァレリウスは頬をかいて、苦笑した。


「知ってるのか」

「知らない者はいないだろう。併合された時は騎士団に所属していたのに、冒険者ギルドに転身したと聞いている」

「元敵国としてはどうにも王国騎士団というのは居辛くてな」

「敵国ではない!今は同じ国の民だ!」

「…そう割り切れるもんでもないさ。俺もあいつらも」


 ヴァレリウスは眩しいものを見る目で、ネロを見つめた。


「だからこそ、その考えは上に立つ者こそ大切にしなきゃいけない。

冒険者ギルドは国籍も身分も問わない。ここは実力だけの世界だ。

とはいえ、王都に居を構えているからには、国と渡り合える地位も必要にはなる。

それが、俺がドゥクスの肩書を得た理由というわけだ」


 よくわからんな。

この国が領土拡大の末に、いくつもの国を呑み込み、併合したということは知っている。

ヴァレリウスはその国の有名な将か何かだったのだろう。

わからないのは、そこだ。

どうして処刑されなかった?

 

 いや、処刑したら元敵国民が再び蜂起する可能性を考えたのか?

そこまでのカリスマがこの男にはある?

見た限りでは、男受けしそうなガチムチマッチョな髭もじゃ大男だが。

待てよ、それだと手綱と見張りも兼ねれる騎士団から放逐した理由がわからん。


 私は考えを巡らしていた。

何も考えずに行き当たりばったりで、王子を冒険者ギルドに連れてきてしまったが、これは大きな間違いだったのではないかと。

ま、何とかなるか!!


「俺の話はここまでにしよう。で、お前らだが、最初は依頼を受ける前に必ず講習を受けることになっている」

「講習?」

「講習は大体午後に行っているから、都合のいい日に来りゃいい」


 そうしてヴァレリウスから手渡された用紙には、ポップな書体で初心者講習会のお知らせと書かれている。

他にも様々な初心者向けの講習会の日時が並んでいる。


「この講習で、依頼の受け方や諸々を学べ。ちなみにこの講習は無料だが、他にもギルド主催の講習会や勉強会がある。これは各々費用がかかるからな。

他の国の冒険者ギルドと比べて、この国は登録料や手数料をとらない代わりに、ここでギルドの採算をとるようにしている」


 内情をボロボロ話す男だ。

ちなみに、冒険者ギルドは他の国にもあるが、繋がりはない。

武器屋が他の国の武器屋が違うように、冒険者ギルドも国によって成り方も違う。

稀に、ギルド同士も対談することはあるらしいが、ギルド長でないので詳しくは知らない。


「金の話も講習会で詳しく聞くんだな」


 余裕があれば、どれも参加してみたいものだ。

冒険者ギルドの経理部による「失敗しない冒険者のお金のしくみ」と、ギルドの換金部の「バカでもわかる薬草のみわけかた」と「アイテムと武器はとにかくひろえ」…後は、初心者用の掲示板もあるのか。


 どうやら、掲示板にはお金を払えば、依頼や冒険について教えてくれる教師役兼護衛がつけることができるらしい。

金額は教師役によってバラバラだから、掲示板を参照とのこと。

だが、これを見て分かったのは、どう見てもこれは貴族用のお知らせだ。

意外なことにこの国の識字率はそれなりに高いから、簡単なものであれば、庶民でも読める。

だけれど、初心者の、しかも子どもで庶民が、教師役をつけれるほどの金銭的余裕はない。講習会の方は献身的なお値段なのだが。

つまり教師役をつけることで、自身が貴族であることを喧伝して回ることになるということだ。

貴族が冒険者になるのかというと、まあいろんな貴族がおるのでな、としか言いようがない。

貴族という肩書だけではお腹が膨らまないほど、貴族が増えすぎた弊害というものだな。


「それにしても、仮にもギルド長、仕事はいいのか?」


 私がそう聞くと、ヴァレリウスは半目になって、


「お前が言うか?とんでもないの連れてきやがって」

「?」

「?じゃねえんだよな。小首を傾けて可愛い子ぶっても無駄だからな?

このクソ餓鬼に俺がどれだけ苦労させられてるか、わからせてやりてえ…」

「セクハラは辞めろ」

「今のセクハラになんの?世の中生き辛えな」


 溜息を大きく吐いたヴァレリウスの肩を私は慰めるように叩いた。

それを白けた目で見つめるネロが呟く。


「ここにも犠牲者がいたのか」

「え?私の可愛さと魅力にやられた犠牲者?」

「変人に!振り回された!犠牲者だ!!!」


 もう、ネロったら。

自虐ネタなんて、体を張るんだから。


「貴様のことだ!!!」


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