第三話 城下町に繰り出す
「ギ、ギルド、カード、だと?!」
良いリアクションだ。
私は頷きながら、少年にギルドカードを差し出す。
恐る恐ると、ギルドカードに触れる少年。
国宝級の財物に囲まれて暮らしているとは思えないリアクションだ。
「これが噂の…」
「まあ、まだ階級は下だがな」
「名前は…偽名か?」
ギルドカードは自己申告制なので、名前も住所も偽ろうと思えば偽れる。
他の小説だと身分証代わりになるのかもしれないが、この世界だとスーパーの会員カードぐらいの位置づけだ。
民営化されたハローワーク、または派遣会社のようなものだ。
ちなみに保険会社、葬儀屋は、ハロワ…ではなく、ギルドの一室を間借りしているので、随時相談を受け付けている。
そちらは死んだ時に困るので本名の方がいいと思うが、今の私には関係のないことだ。
モンスターの換金もギルドでは行っているが、その分手数料を取られるので、武具屋や薬草などの問屋と伝手があるのなら、持ち込みOKの店ならそちらの方が高く買い取ってくれるらしい。
といっても、階級が最下位の第15階位の身分で受けれるクエストのアイテムは、ギルド以外で買い取りはしない。
価値がないからだ。
そこらへんの子どもでも取ってこれる草がアイテムとしては思い浮かぶ。
薬の直接的な効果ではなく、味を良くしたりとか、そういったちょっとしたものでしかないので、ギルドでしか買い取ってくれない。
ギルドはそれらアイテムを、物によるが、良くてもお菓子一個買えるくらいの値段で買い取り、それを問屋にまとめて売るのだという。
「私が公爵令嬢だとバレたら困るであろう。まあ、この身の内から溢れる高貴さ、振る舞いは明らかに貴族のものであるから、隠しきれてはいないがな、わはは!」
「なんでこいつ隠す気がないんだ」
「だから城下町では、私のことをアリスと呼ぶように」
「アリス?」
「まるで乙女ゲーの主人公のような可憐な名ではないか!悪役令嬢の隠れ蓑にはぴったりだな!」
「たまに何を話しているのか理解できなくなる。本当に同じ言語で話しているのか?」
「とりあえず、今日は顔見せも終わったことだし、城下町をさっと見てくるぞ」
「勝手に話を進めるな!大体、さっと見てくるって、お前ここがどこかわかっているのか?王城だぞ!誰にもバレずに抜け出せるわけが…!」
「出れた。城の警備は大丈夫なのか…?」
即落ち2コマかな?
大丈夫だ、問題ない。
大体、王子と言うものは頻繁にお忍びで城下町に繰り出すものなのだ。
護衛もつけずに一人で、秘密の通路とか抜け穴とか使ってるのか何なのか読者にはわからないが、街でヒロインが石を投げれば当たるくらいの確率で王子はいる。
不安がる少年を励ますように、今度は私が肩を叩く。
「安心しろ。護衛もいない」
「余計不安だ!!」
「まあまあ。これもどれも今の陛下の治世が立派だということの証左にすぎぬではないか。私たちが抜け出しても何の危険もないことはいいことだ」
「どう言いつくろうが、平和ボケしてるとしか聞こえないぞ!」
「もーあんたって子は何でもかんでもお母さんの揚げ足取りしてー!そんな子に産んだ覚えはありません!」
「俺様も貴様のような得体のしれない輩に産んでもらった覚えもないし、母上を騙るとは、いい加減、貴様には不敬罪という言葉を身をもって味合わせてやりたい…!」
顔を真っ赤にして叫ぶ少年だったが、服は私の持ってきた使用人のものなので、不敬罪だの何だのと訴えても、ただの子どもの口喧嘩を聞く者はいない。
あふれ出る高貴さも、整った顔も、衣服一つで大きく変わる。
それに王子の顔を見る機会が平民にあるわけもなく、誰にも気付かれないまま、私たちは冒険者ギルドへとたどり着いた。
昼間も過ぎているため、ギルドの中は閑散としている。
依頼の張り出しは基本早朝なので、昼過ぎにはほとんど良い依頼というものは残っていない。
依頼が残っていないということは、冒険者の姿もほぼないということ。
初めてギルドを訪れた王子には都合が良いだろう。
先ほどまでの怒りはどこへやら、王子は目先の好奇心に体を支配されているかのように、辺りをきょろきょろと見渡し、目を輝かせている。
「おう!お嬢様じゃねえか」
そう言って、片手を上げて近付いてきた熊…もとい髭もじゃの大男は笑いながらこちらに近付いてくる。
「なんだ、ガキのくせに彼氏連れか?色気づきやがってよお」
「馴れ馴れしい。いきなり何だこいつは」
「良い。私が許しているのだ」
「そして、何で貴様はいつも俺様より偉そうなんだ!」
ぷりぷりと怒る少年を放って、そんな少年のことを上から下まで観察する大男。
思わずショタコンを疑ってしまうのは、少年が幼いながらも麗しい美貌の持ち主だからか、大男がモテなさそうだからなのか。
「少年、一応言っておくが、これでもこやつは冒険者ギルドの長だ」
そう私が言うと、少年は黙り込み、ギギギとさび付いたロボットのように、こちらに顔を向けて、
「そういうことは事前に伝えておくべき内容だろうがっ…!」
「事前にって…私も今日会うとは思ってないし、無茶を言うよ」
「そうじゃない!話し出す前にという意味だ!これで俺様がギルドに入れなかったら、貴様のせいだからな!」
「そんなことはしねえよ」
私の代わりに、大男は苦笑しながら続けた。
「態度の悪さで不採用にしてたら、ここのギルドには誰もいなくなっちまう」
「そういうことだぞ。だから安心するが良い」
「それだとお嬢様も不採用になっちまうしな!」
「言っておくが、その前におぬしがギルド長にはなれぬからな。ギルド長が別の人間であれば私も相応の態度をとる」
わはは!と笑い合う私たちを、引き気味に、異質なものを見る目で見つめる少年。
「それで、今度はそいつの登録か。登録だけなら、最悪名前だけでも登録できるが」
「ふむ。少々気は早いが、少年どうする?見学だけの予定だったが、せっかくだ、登録していくか?」
考え込むかと思ったが、少年は即座に頷いた。
「登録する」
「名前は?」
「ネロ」
私から偽名を聞いた時から既に考えていたのだろう、少年はさらりと偽名を告げた。
しかし、ネロか。
歴代の王家の中ではよくある名前ではあるのだし、平民も貴族もそれに倣って、同じ名前を子どもにつけたりもする。
ドミティウス殿下にも相応しいといえば相応しいのだが…。
顔合わせといい、性格といい、私は少年に違和感を抱いていた。
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