第二話 婚約者と出会う
魔術学院。
ファンタジーあるある舞台の一つだ。
この国でも、ご多分に漏れず、魔力というのは貴族にとって重大な要素である。
なので、貴族の家に生まれながら魔力がない場合、赤子のうちに殺されるか、運が良ければ孤児院に連れていかれる。
ここまで条件が揃えば、言わずとも察するだろう。
悪役令嬢ものの最大のキーパーソンであるヒロインは孤児院育ちである。
公爵家の側室の娘として生を受けたヒロインは、正妻の策略によって、魔力のない赤子だと認定されてしまう。
側室は、魔力のない子を産んだことで不貞を疑われ、公爵の怒り故に庇われることもないまま、正妻の苛烈ないじめをうけ、自殺。
ヒロインも殺されるところであったが、さすがに側室が自殺したことで気が咎めた公爵が孤児院送りを決定する。
実際は、ヒロインは小説随一の魔力量の持ち主であり、後に救国の姫だとか慈悲深き聖女だのと呼ばれるはめになるそうだが、なぜそう呼ばれることになるのか、エタったのでわからん。
とにかく、正妻が病死したことで、正妻に脅されていた魔力判定を行った元司祭が公爵に罪を告白。
ヒロインが16歳で、公爵家へと戻され、令嬢教育を受けるのである。
それから一年後、魔術学院の高等部の編入試験を受け、見事首席合格。
第一王子の俺様、裏がある優男の第二王子、母違いの弟、お兄さん代わりの実直な騎士見習い、ちゃらんぽらんな教師、と様々な男キャラと出会い、ヒロイン伝説が始まる・・・・・・。
ここまでが、物語の土台である。
そう、主人公はヒロインではない。
主人公は、ヒロインの物語で本来であれば悪役令嬢を務めるべきである立場にある第一王子の婚約者である。
今の私と全く同じ状況で前世を思い出し、ヒロインに現を抜かすことになる第一王子やら他の男どもを先に侍らすという難題をこなし、ヒロインが登場する高等部へと足を踏み入れた矢先、唐突に物語は中断する。
そう、作者のやる気とネタが尽きたのだ…。
ネットの海の藻屑、マイナー小説の悲哀、涙をそそる話だ。
そして、その主人公になってしまったのが、私という。
なんとも愉快な話ではないか、全く笑わせてくれるわ!わはは!
私が悪役令嬢となったからには、私なりにできる範囲で悪役をやらせてもらおう。
私は主人公という器ではないし、そんな真似はやろうと思ってもすぐにボロがでるだろう。不可能だ。
であれば、私のとれる行動は一つ。
主人公の踏み台である。
つまり、物語の流れにまかせ、忠実に悪役をこなせば、私が罰を受けて死んだ後、本来の物語である悪役令嬢の人格が乗り移った状態で、本来の物語が進むのではないかということだ。
私は、主人公のための踏み台で、そのために私は生まれおちたのだ!
本の中で夢中になった主人公のために生きて、そうして死のうではないか!
なんて完璧で幸福な将来設計!!!
頭の中でスタンディングオベーションの拍手喝采を受け、わははは!!と気持ちよく大声で笑う私の肩を誰かが揺さぶる。
その手を振りほどき、愉快な気分に身を任そうとするが、どうにもそいつはしつこく私の肩を執拗に狙う。
「…一体何だ。邪魔をするな」
「何だ?!それはこちらの台詞だっ!!!」
全く、何だと言うのだ。
少し気分を害した私は、その私よりももっと不機嫌な表情を浮かべる少年と向き合う。
「その年齢で肩フェチなのもどうかと思うぞ」
「何の話だ!!!!!」
怒り心頭の少年が地団太を踏む。
怒っていても美少年は美少年だ。
世と遺伝子の不条理を憂いつつ、私は一つ溜息を吐いて、仕方がなし、と少年の相手をしようとする。
おそらく甘やかされて、育ったのだろう、沸点が低い少年だ。
「貴様は!一体!何をしに来たんだ!!!」
ついに、お前呼ばわりである。
「淑女に向かって貴様とは如何なものかな」
「だ・れ・が、淑女だ!!!」
「ここには私とお前しかおらんが…っ!まさかお前!」
「まさかではないし、俺様をお前呼ばわりだと?!!!!」
私の性別が女なために、殴りたくても殴れず苦悩する少年の葛藤が私にまで伝わってくる。
だが、私には何故少年がそこまで怒っているのかわからず、困惑するばかりだ。
「話が進まんではないか」
「誰のせいだ!!!!」
口にはしなかったが、正直者の私は思わずじっと少年のことを見返してしまう。
あーーーーー!!と怒りを言葉にすることもできなくなった少年が叫ぶ。
「やれやれ。婚約者候補の顔合わせだったが、大失敗というわけか」
まあ、人間には相性というものが存在するからな。
それに原作でも少年は、ヒロインや主人公と会うまでは女嫌いであった。
性癖というものはそうやすやすと変えられるものではない、ということか。
悪役令嬢としては大成功だから、いっか!
「俺様は!絶対!婚約しないからな!」
残念ながら、婚約するんだよなー。
個人の感情一つでどうにかなる問題でもない。
現状、大人の思惑が入り乱れる中、子どもの私たちができることなどない。
一体父上がどうやって少年、もとい王子の婚約者候補という立場を手に入れたのかはわからないし、そんなことはストーリーにほぼ関わらないので興味もわかない。
私が知る限りの数名の婚約者候補者たちの中で一番私の地位が高いので、このまま候補が外れ、婚約者となることは確実だ。
だが、少年よ、安心してほしい。
私たちは絶対に結婚はしない。
そう言って、少年を不安から解き放ってあげたいのはやまやまだが、残念ながら、口に出すことはできない。
原作と同じルートを歩みたいなら、博打は打たず、順当にストーリーを進めるべきだからだ。
もし、私が全てを暴露して、将来現れるヒロインの話をしたとする。
その時点で、いろいろな可能性が出てくるが、とりあえず私が精神病と認定され、婚約者候補どころか、幽閉されるだろう。
そうなっては困るのだ。
ヒロインが出て、断罪される。
そこまでストーリーを進ませなければならないのだから。
そうしないと、<悪役令嬢>は誕生しない。
少なくとも私が最低限守らなくてはいけないことは三つ。
『 一つ目、婚約者候補であり続けること。
二つ目、婚約者の少年から嫌われること。
三つ目、ストーリーを進め、断罪されること 』
悪役令嬢には対立するヒロインと罪が必要だ。
私が死んだ後に、生まれ変わる主人公のために、私は私の役割をこなさなければ。
とりあえず、今することは怒りからこの場から離れようとする少年の手を握ることである。
「離せえええええ!!」
「落ち着け少年。婚約のことはこの際横に置いておくとして、私たちが目下話し合うことがあるのではないか」
「うううう」
私の手を振り払うことにご執心の少年が聞いているかわからないが、話を続けるぞ。
「学院に入り、勉学に勤しむ。だがそれは全て机上のものでしかない。知識が何だと言うのだ。絶対的な力の前に知識など無力」
「な、んの話だ?」
わー、やっぱり頭は良くても七歳児!こういう話好きだよね!
食い入るようにこちらを睨み付ける少年に顔を近づけ、嫌がられ、距離を調整して、小声でささやく。
「力が…欲しいか?」
「………お前に何ができるっていうんだ」
わはは、のってきたわ!こやつ面白い!!
「少年も国家権力を使い、腕のいい騎士や元騎士団長から手ほどきを受けてはいると思うが、手加減していると感じないか」
押し黙る少年。思い当たるふしがあるようだ。
「実技に悖るものはなし。我々に必要なのは本物の戦闘だ」
「何を言いたい」
「身分を偽装して、街で冒険者となるのだっ!!!」
だっ!だっ!とエコーまでつけてやる。
「そ、そんなことできるわけ」
「できるのだ。これを見よ!」
ばばーん、と効果音を口にだしつつ、私は黄門様のように少年の顔の前で冒険者のギルドカードを出した。
「まさか!それは!」
「そうだ、ギルドカードだ!!」
少年が驚きのあまり声をなくし、目を大きく見開いて、こちらを見つめる中、次のページに続く!
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