第2話 神界EXPRESS

『神は人類の記憶を奪った。ーーーーを隠すために』 黙示録 第7章




俺は人混みをかき分け、駅の改札を通り抜けると、階段を降りてプラットホームへと向かう。


耳にはイヤホンを取り付け、流行りのJPOPを流す。


いつも大勢の人が電車を待つ列を成している時間帯だが、改札口とは対照的に全くと言っていいほど人気はない。


大袈裟かもしれないが、俺は世界に独りぼっちで取り残されたような、そんな感覚を覚えるほどだった。


いつもベンチに座っているおばあちゃんも、フラペチーノ片手に談笑する女子高生たちも、姿勢良く電車を待つ男の子も


誰もいない。


寂しい構内の柱に取り付けられている電灯も、頼りなく光ったり消えたりを繰り返している。


遠くの空の夕焼けが照らすのは、プラットホームの外の世界まで。


薄暗く、何もなく広い内の世界。


いつもと違う構内の様子は、静かを通り越してもはや不気味だった。


気を紛らわすように俺はイヤホンから流れるJPOPに、耳を傾けることに意識を投じる。


すると、向かいのビルの大きな電光掲示板に突然、奇怪な横文字が並び始める。



『ジンルイ シンジツ シル』



横文字を目でなぞる。


電光掲示板に続けて文字がつづられる。



『カミガミ サイテン ショウタイス』



そして、俺のイヤホンも狂い始める。


甲高い機械音が耳に鳴り響く。


「うおっ」


俺は慌ててイヤホンを外した。


畳み掛けるように、構内のスピーカーから陽気な音楽とともにアナウンスが流れてきた。


「ーまもなく、神界行きの列車が参ります。白線の内側に下がって……お待ちください」


.........このふざけた演出は。



こんなことをするのは「あいつ」ぐらいか。



奇怪な現象が立て続けに起こっているが、このときの俺は至って冷静だった。


なぜなら、このくだらない演出を施した者の正体を、俺は知っているからだ。


やって来た列車が俺の目の前で静止し、扉がゆっくりと開く。


それに俺はわかっている。


この扉の先に足を踏み入れれば、想像もつかないようなめんどうごとに巻き込まれることを。いつもそうだ。


だが、踏み入れないわけにはいかない。


恐らく扉の先にいるだろう「あいつ」に逆らうことは、俺にはできないからだ。


逆らおうものならば俺の「存在」そのものが消されかねない。


俺を誘う者は、とてつもなく巨大で計り知れないのだ。


そして、俺はげんなりしながら扉を超えた。




あー……『神』ってやつは本当に、自分勝手で、めんどうごとしか持ってこない。





扉を超えた先には、辺り一面に色鮮やかな花園が広がっていた。


蝶がひらひらと花を囲むように踊り


空の澄み切った青は、深い。


桜の咲く季節に吹くような涼しい風が、俺の頬をそっとなでる。


まさに、想像上の楽園を体現したようなこの空間にいるだけで、何もかもどうでもよくなるぐらい心地良い。


あまりの心地良さからか眠りに誘われそうになったとき、どこからかヴァイオリンの軽やかで綺麗な音色が聴こえてきた。


花園を縦断する一本道のその先で、「あいつ」が鼻歌交じりに奏でている姿を容易に想像できる。


俺はその音色に手を引かれるように、一本道を歩いて行く。


すると、少し盛り上がった丘で、「あいつ」が白いイスに腰掛けながら、パラソルの下でヴァイオリンを奏でているのを見つけた。


丸い白塗りのテーブルには、ティーカップとフォーク、ナイフが2つずつ、中央にイチゴののったホールケーキがある。



「お久しぶりです。ヘルメス様」



俺は、イスに悠然と腰掛ける美青年に近づき挨拶をした。


「.........そんなにかしこまらないでください。いつも通りでいいですよ」


青年の向かい側のイスに俺は腰掛ける。


「おっけー」


青年は俺に柔らかく微笑んだ。


「改めて、お久しぶりですね。浅田 世界くん」


銀髪に色白の顔。白いコートに身を包み、長杖をイスに立て掛けている、一点の穢れもない真っ白な雲みたいなこの美青年こそが


ギリシャ神話に登場する、【神々の伝令役】であり、全知全能の神 ゼウスの息子。【オリュンポス十二神】の一柱にも数えられる


神 ヘルメス だ。


「俺を無理矢理ここに喚んだことに対して何か思うことはあるか?」


「無いですよ」


即答かよ。「何のこと?」みたいにとぼけた顔しやがって。


ムカつくから、こいつぶん殴ってもいいかな?


俺は密かに拳を強く握る。


「と言うのは冗談ですよ。誠に申し訳ないと思ってます」


何かを察知したのか、ヘルメスは苦笑いを浮かべながら建前上、俺に謝罪する。


謝罪がここまで似合わないやつは他にいないと思う。


全く誠意が伝わらない。


「それで?今回は何の用だよ」


「はい。異世界に行ってください」


ヘルメスはニコニコしながら、サラっととんでもないことを言った。


「え!?……異世界ってマジであったのか?」


「はい。全部で7つあります」


異世界と言われると、真っ先に異世界ファンタジー系のラノベで描かれてる世界を想像してしまう俺であった。


「その世界によって異なりはしますが、君に行ってもらいたい異世界は、だいたい君が想像してる異世界のイメージであってますよ」


「おい、ヘルメス。俺の思考を勝手に覗くのはやめろ」


「これは失敬。つい癖で」


人の思考を覗いちゃう癖ってどんな癖だよ。


謀の神としての特性をもつ彼は、万物の内側と真偽を見抜く力をもつ。つまり、この男の前では人間ごときの思考など丸見えであり、嘘の1つもつくことは許されない。


それにしても……


異世界が、しかも7つもあったなんてな。


人間の想像力もバカにはできないものだ。


俺のイメージ通りってことは、ラノベみたいにまず魔法があるだろう。そして、エルフ、ドワーフ、ドラゴン、スライムetcの種族やモンスターがいて、魔王とか勇者みたいなのもいるのか。


……めっちゃ面白そうだな。ぜひ、行ってみたい!転生とか召喚じゃなく、観光として。


俺は今回、神 ヘルメスから与えられる「使命」が、いつもとは違って俺をワクワクさせてくれるモノなのかもしれないと期待する。


「それでは、今回あなたに与える『使命』について、くわしく説明しましょう。まず現在、我々神々の住まう神界では、数千年に一度行われる祭典が開かれています」


「【オリジン】とかいう祭りだっけ?」


ヘルメスは俺の言に頷く。


神々の使いっ走りのような立場の俺でも、その名ぐらいは聞いたことがある。


「異なった『7つ』の世界を統べる全ての神々が、一同に会す神界で最も盛大な祭りです」


7つの世界の神々、ね。


つまり、それはヘルメスやゼウスはあくまで俺が生きる世界を支配している神々ってことで、他の世界には他の世界の神々がいるってことなのか。


まぁ今はそこまで重要では無いだろうし、頭の片隅にでも置いておこう。


「それで?それと俺に何の関係があるって言うんだ?」


「はい。この祭典では、伝統的な遊戯として、神々によるギャンブルが行われるんですが.........」


うえっ。あの腹黒くて強欲で傲慢な神々が賭け事?考えただけでもゾッとする。


負けた神が腹いせにどこかの世界1つ滅ぼしてもおかしくなさそうだ。


どうせ、ギャンブルの内容も陰惨でグロテスクなモノなんだろう。


「前回は、神々対抗運動会。前々回は神々対抗大食い対決とかやりましたね。何チームかに分かれて、勝つと思ったチームにチップをかけるんです。けっこう面白かったですよ」


「意外に神々可愛いとこあるな!」


俺の想像とは裏腹に、とてもファンキーなギャンブルが行われていた。


「楽しければ何でも良いんですよ…………楽しければ、ね」


そう言いつつ、ヘルメスは冷めた笑いをあげる。


さてはこいつ、ギャンブルに負けたな?


「そして、今回のギャンブルの内容が……


『ワクワク!英雄たちの異世界サバイバルゲーム!』


でーす」


「なんだそれ」


「そろそろ神々だけで遊ぶのも飽きてきちゃったので、今回は人間たちを巻き込んじゃおう!ってことになったんですよ」


神だけで運動会でもしとけや。


巻き込まれるこちらは、迷惑以外の何物でもない。


「それで?その、異世界サバイバルゲーム?っていったいなんなんだよ」


「まぁざっくり言えば、まず神々は、異なった7つの世界に存在する『推し』の【英雄】を召喚するんです。そして英雄たちに殺し合いをさせて、最後に生き残った英雄を推していた神がぁ……ギャンブルゥゥゥに勝利!……というものです」


いつにもなく熱くなり、口調がおかしくなるヘルメス。どうしたんだ?前から緩んでいた頭のネジがとうとう外れたか?


「ちなみに【英雄】というのは、いわゆる君の想像しているような魔王や勇者、賢者といった強力な力をもった存在のことです」


なんだかとんでもないことが始まろうとしているのは確かだが、俺との関係性が見えてこない。



いや、まさか……な。


「あらかじめ言っておくと、俺は至って平凡な高校2年生だから」


「さて……私がなぜあなたを喚んだのかですが…」


ヘルメスは躊躇せずに話を続けやがる。


「おい、聞け」


「それは……私が君を……我らが地球代表の【英雄】として召喚するからでーす」


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」


なんとなく予想してた答えだった。


俺は頭を抱えて絶望する。


さようなら。俺の平穏な高校生活。

さようなら。青春。※もとからない


俺は異世界の魔王や勇者と殺し合いをさせられるらしいです。


あー。神よ、俺を救いたまえ……あ、その神が俺に殺し合いをさせようとしてるのか。あはははは……は。



だが……まだそれを阻止する余地はある!


「つーかさぁ!明らかに人選ミスだろ!俺の姉ちゃんのほうが戦う系の使命は絶対合ってるって!」


俺はイスから勢いよく立ち上がり、ヘルメスに迫る。


自慢じゃないが、訳あって俺と姉は普通の人間にはない、特別な力をもった「異能力者」だ。


ただ、俺の能力は戦闘には全く役に立たない能力で、【英雄】なんてものとは縁が無い。


一方、俺の姉はバリバリの戦闘系の能力をもっている異能力者だ。なので、こういった殺し合いとかに送り込むなら姉のほうが断然、活躍できる見込みがある。


まぁ……だからって姉に殺し合いなんかに行ってほしくもないけどな。


あー!クソォ!八方塞がりだ。


神に与えられた「使命」を拒否することはできない。


俺か姉が必ず遂行しなければならないのだ。


「なるほど。浅田 時さんですか……私、あの人苦手なのでダメです」


「お前の好き嫌いは聞いてねぇよ!……なんにせよ、俺には無理だ。何が狙いなんだよ、お前はさ」


「それでは、ガブリエル。ゲームのルール説明よろしくでーす」


「聞けよ!」


ヘルメスが軽く手を叩くと、何も無かった虚空に魔法陣が現れる。


そして、背に翼の生えたアイドルコスチュームの、翠色のツインテールの可愛らしい少女が魔法陣から現れた。


「どもどもー!四大天使が1人にして、ヘルメス様の配下筆頭の~ガブリエルです!」


どこかのアイドルのように、右手で目元の辺りでピースをしながら自己紹介付きで登場。


可愛い!


ガブちゃんパワーが俺の葛藤といらだちを吹き飛ばす。


「おひさですね!世界くん!」


ガブちゃんは元気よく俺とハイタッチをする。


「ガブちゃんお久~」


ガブちゃんの柔らかな手と元気に触れ、俺の顔が自然ととろける。


ヘルメス界隈の天使はみんなテンションが高いので有名だ。


「それでは、時間がないので今回の異世界サバイバルゲームについての説明を、じゃんじゃんしてきますね~」


ガブちゃんの隣に、大きなモニターが出現する。


もう何を言っても、俺が異世界サバイバルゲームに参加させられるのは変わらないみたいだ……


「まず、今回のサバイバルゲームの開催地は……こちらです!!!」


モニターにサバイバルゲームの開催地と思われる巨大な大陸の全貌が映し出される。


「わずか1つの超巨大大陸により構成される特異的な世界。名を…グランティア」


「……グランティア、ね」


俺は何もかも諦めて、説明に耳を貸すことにした。


「果てしない大地。雄大な自然。エルフ、ドワーフ、ドラゴンなど多様な種族数は約3000種。魔素は濃厚に大気に満ち、天災、ダンジョン、古代遺跡は数多。漢ならば憧れるロマンがそこには詰まっている!」


どうやら俺の思い描くファンタジーな異世界像を何倍もスケールアップしたような世界らしい。


不安しかなかったが、俺の中に少しずつ好奇心も芽生え始めていた。


冒険、ロマンそう言った言葉に熱くなってしまうのが漢というものなんだろう。


「そして!このゲームのクリア条件は『超大陸グランティアの中央に根を張る、世界樹【ユリニカ】の踏破』です!」


モニターの映像が超拡大され、一本の巨大な大樹が映し出される。


エベレスト何個分あるんだというぐらいの高さ。


大樹の半分以降は、雲に隠れて見えない。


幹の面積もかなり広大だ。


「…………でかい」


「世界樹【ユリニカ】をいちばん最初に踏破した英雄が、たった1人の勝者になるというわけですね」


ヘルメスが説明を補足する。


「ん?いちばん最初に踏破することが勝利条件ならさ、殺し合いなんかする必要無いんじゃないか?」


ヘルメスいわく、俺が送り込まれるのは英雄たちの殺し合いによる異世界サバイバルゲーム。


だが、サバイバルゲームの勝利条件を聞く限り、世界樹を誰よりも速く踏破すればいいんだから、殺し合いなんかするだけ時間の無駄なんじゃないかと思う。


ガブちゃんが俺の疑問に答える。


「いえいえ!そもそも世界樹を登るには、まず世界樹を閉ざす『扉』を開放しなければ登れないんですよ」


モニターに今度は、世界樹の幹に描かれた『扉』の絵が表示される。


どうやらこのサバイバルゲーム、俺が考えてるほど単純ではないらしい。


ゲームの最終的なクリアは世界樹の踏破。そして世界樹を踏破するためには、『扉』

を開放しなきゃいけない。


RPGゲームのように、クリアまで手順があるみたいだな。


ガブちゃんが続けて、『扉』を開放するための条件について話し始めた。


「かつて超大陸グランティアでは数多の国々が群雄割拠し、長期的な戦争が大陸規模で行われていました。そして現在、国々は同盟を結ぶようになり、次の3つの勢力に分かれてまとまるようになりました」


今度はヘルメスが、3等分にしたホールケーキを説明に合わせて、順に指差し話を進める。


「1つ目は【剣】の軍勢。主に大陸の東部の国々が大同盟を結成し集合した勢力です。

2つ目は【弓】の軍勢。こちらは大陸北部の『魔界』とよばれるエリアの国々が、協定を結び結成した勢力ですね。

そして3つ目は【槍】の軍勢。大陸西~南部の国々が、合衆国を成した最大勢力となります」


モニターの大陸図がわかりやすく、それぞれの最大勢力圏を表すラインで区切られる。


大陸がホールケーキのように3等分されている。


「英雄たちはこの三勢力のいずれかに振り分けられ、大陸の覇権を争ってもらいます」


なるほどな。


グランティアでは、【剣】【弓】【槍】の3つの勢力が大陸の覇権を巡って戦争をしている。


そして、ゲームの参加者はいずれかの勢力に振り分けられるわけだから、強制的にその戦争に巻き込まれるってことか。


てことは、それって……


「戦争に手を貸すってことか?」


自らの属する勢力を戦争に勝たせることが『扉』を開く条件なのだろうか?


ヘルメスは変わらず微笑み言葉を続ける。


「それはご自由にどうぞ。グランティアの住人に力を貸して戦争に介入し戦うも良し。戦争には関与せず自分の道を行くも良し……ただし、いずれにせよ『扉』を開くためには、『自分の陣営以外の他 二陣営の英雄を一人残らず殲滅』する必要があります」


なるほど。それが『扉』の開放条件でありこのゲームを「殺し合い」たらしめてるってことか。


では、ここで一旦整理しよう。


このサバイバルゲームのクリアまでの過程をまとめると


①自分の陣営以外の他二陣営の英雄を殲滅

②世界樹の『扉』を開く

③世界樹を誰よりも速く踏破


って感じか。


クリアまでの過程を確認しながら、俺はすでに方針を固め始めていた。


ヘルメスから与えられた使命は「この異世界サバイバルゲームに参加する」ことであって、なにも勝利をしなければいけないわけじゃない。


つまり、俺は『扉』を開放するまでは自陣営に適度に力を貸しつつ、あとは静観していても問題ないってことだ。


現時点で、俺の方針としては「誰も殺さずに生き残る」だ。


ヘルメスが俺に何を期待してるかは知らないが、異能力者とは言え、俺は至って平凡な高校生と大して変わらない日常を送ってきた。突然、殺し合いなどできるはずがない。


だから、戦争に力を貸す気もさらさらない。


自陣営の英雄たちに他軍勢を殲滅してもらうまでは、大人しくどこかに身を隠しつつ、形勢を見てどう動くか決めるのが理想だな。


となると、素早く正確な情報を集めることが重要になってきそうだ。


ヘルメスが両手のひらをポンと合わせる。


「と、こんなところですね。まぁ頑張ってください。こちらもできるだけサポートはするので」


「まったくもー!ヘルメス様ったら私を呼んでおいてほとんど自分が喋っちゃうんですから~」


ほっぺを膨らませて不満そうにするガブちゃん。


ヘルメスはごめんごめんと軽くあしらっている。


そんなヘルメスを睨みつけ、俺は尋ねる。


「おい、ヘルメス……なんで俺なのかは知らないけど、お前は俺を殺し合いに送ろうとしてるんだ。殺し合いに行くのは千歩譲って良しとしよう。だがもちろん、『チート』級の力の1つや2つ、くれるんだろうな?」


これを求めるのは当然の権利だろう。


なぜなら、この男が俺になんの戦闘手段も与えずにゲームに参加させるはずもない。


それに神が主人公にチートスキルを与えるのは、もはや異世界ラノベの定番と言っていい。絶対に外してはいけない暗黙のルールである。


……いや、待て。もしかしたら、このひねくれイカれドS野郎なら、俺が悲鳴をあげて逃げ回り、挙句の果てに殺される姿を見て楽しむなんてことをするかもしれない。


するとヘルメスはなぜか、イタズラな笑みを浮かべた。


俺は、悪いほうの予感が的中したのでは?と背筋に冷ややかな悪寒が走るが


「ええ、もちろん。ちゃんとあなたに『チートスキル』与えちゃいますから。それなら、か弱いあなたでもサバイバルゲームを生き残れる確率はかなり高まるでしょ?」


ヘルメスはニコリと微笑み、紅茶をひと口飲むと、人差し指で宙に小さな円を描く。


すると、リンゴが3つ宙に出現する。


「これは【エデンのリンゴ】です」


「エデンのリンゴって……ちょっと待て」


俺は嫌な予感がして、急に冷や汗が流れる。


エデンのリンゴ。


地球の人類史が始まるきっかけを作った禁断の果実。


神々が管理している楽園【エデン】の神樹に宿るリンゴ。


ひと口食べただけでも世界をひっくり返してしまうほどの危険性があり、たとえ神であっても勝手に取って食すことは禁忌に触れると聞いたことがある。


ゆえに禁断の果実。


「……それちゃんと許可取って持ってきたんだよな?」


「いや、盗んできました」


「ヘルメェェェェス!」


よくもまぁぬけぬけと。そう言えばこいつ、神話では泥棒の才能があるってことになってたな。


「さて、世界くん。この果実を君がひと口でも食せば、君がもともともってる『異能力』と組み合わさり、強力なチートスキルを得られることでしょう。よかったですね。これで【英雄】になれますよ」


つまり、こいつは俺を共犯者にしたてあげようとしているとも言える。


盗んできた禁断の果実を、そう簡単に神でさえも食すことを許されないのに、まして人間が食うんだからな。


バレたらマジで笑いごとじゃないぞ。


「まぁこれ食べなきゃすぐに異世界サバイバルで殺されるだけです」


食べたら→禁忌を犯した罪人になる。

食べなかったら→すぐ殺される。


結局、食べようが食べなかろうが、物事が良い方向に進まないのには変わりない。


だったら、食べてチートスキルを手に入れて強くなったほうがまだマシだ。


俺はリンゴを1つかじる。


その瞬間、口の中に濃厚でまるでこの世の美味を凝縮したようなみずみずしい甘味が広がり、俺の脳から脊髄そして全身へと電流が駆け抜けるかのような衝撃を与える。


「………………美味い……美味すぎる」


もうこれだけで幸せだった。これだけ食べれれば……と思うが


「世界くんったら~。リンゴ、全部食べちゃいましたね~。いいなぁ。私も食べたいな~」


ガブちゃんが羨ましそうに見つめる。


気づけば、残りの2つも平らげていた。


「食ってしまった……禁断の果実を……だけど、これでチートスキルをGETしたんだよな。テンプレすぎるが、異世界チート無双でもしてやるかな!」


リンゴを食してから気のせいか、体の底から力が湧いてくるような感じだ。


ラノベにもよくあることだろ。


この手のチートスキルを持った主人公は、たいてい異世界で余裕で敵を倒し、ヒロインハーレムに囲まれるものだ。


それが王道である。


そう考えると、異世界に行くのも悪くないな。


フハハハハハ!


そんな浮かれた俺に、神は容赦なく冷水を浴びせる。


「異世界チート無双?無理ですよ。チートに対抗するためにチートを与えたに過ぎません。基本、英雄たちはみんなチートスキルの1つや2つもってるものですよ。私が聞いた話では、【斬り裂いた対象の存在を消し去る魔法剣士】【無尽蔵の魔力を有する万能賢者】【都市一つを吹き飛ばすことのできる聖剣を持つ勇者】などなどいるそうです」


なんなんだ。そのチーターの巣窟は……


そんな世界にいたら、初日で死ぬ自信あるんだが。


まぁ、敵がチートだろうが、俺もチートスキルをもっているのに変わりはないか。


もってないよりマシだとポジっとこう。


リンゴを食ったせいか、思考もポジティブになってる気がする。


「それで俺のチートスキルの詳細を教えてもらえるか?」


異世界転移して現地に降り立った瞬間襲われるなんてことになったとき、自分のスキルがどんなものかわからなくて、戦闘手段が無いなんて洒落にならないからな。


「それは……行ってからのお・た・の・し・みです」


ヘルメスが片目をつぶって人差し指を左右に揺さぶりながら言ってくるその仕草にイラッとくる。


あー1発マジで殴りてぇ。


「それじゃあ、行ってらっしゃ~い」


本気で殴ってやろうか思案していると、突然、足元に魔法陣が現れる。


ん?なんだ……魔法陣…まさか!


「頑張れ~世界くん」


ガブちゃんはウインクすると、サムズアップポーズをする。


「いやッちょっと待て!まだ気持ちの整理が」


こんないきなりな異世界転移あります!?


さっきからテンプレ外れすぎじゃね?


話してる途中だってのに!



アアアアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァァァァァァァァ



世界は、魔法陣上から消え去った。





頼みましたよ。世界くん。


あなたは私の推しの英雄なんですから。頑張ってもらわないと困ります。


ヘルメスは両腕を広げ、高らかに叫ぶ。




「さぁ……『神話大戦』をやり直しましょう」



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