1話 仁村文香②

「‘おくりびと’ですか?」


 聞いたことがある言葉が出てきて、私は少し拍子抜けします。


 送り人と言うと……たしか、死んだ方をお化粧したり、火葬をするお手伝いをするお仕事をする人のことをそう呼んでいた記憶があります。。


「ええ。おそらく、あなたの想像をしている、日本で言う死装飾を施す者ではありませんがね」


 私の心、読まれているのでしょうか。いえ、レナさんは「おそらく」と言いました。きっと当てずっぽうなのでしょう。


「では……何を?」


「私は、あなたのような死者を、‘新たな世界’へと送る役割をしています」


 レナさんの手に、何も無いところからまとめられた書類が現れました。


「異世界――――と言った方があなた的には嬉しいですかね?」


「……え?」


 異世界? 物語に出てくるような? いいえ、それよりも……何故私の趣向が?


 私はレナさんから得体のしれない、恐怖のようなものを感じ、半身下がってしまう。


「ええ。あなたが死んだ時点で、あなたの年齢、趣味など、これまでのデータ、死因まで全ての情報はこちらに届いているので」


「全部……ですか?」


「ええ、あなたのことで書いていないことはありません」


 言い切られました。と言うことは、本当にあんなことやこんなことまで全て知られてしまっているのでしょうか? 


「なので、ここでの嘘は一切通じませんので、あしからず」


 レナさんは私の目の前に座り、書類をめくりました。


「……私の家庭環境と直接的な死因も……」


「ええ、当然書いてあります。享年15歳。死因……‘母親に灰皿で殴られた傷が原因での出血死’と言ったところですかね。残念ながら、お母様が、あなたの様子に気付いて救急車を呼んだのは、死後2時間を経過した後でした」


 二時間も放っておくなんて、とレナさんは呟いたのが聞こえた。


 そっか、一応、救急車呼んでくれたんだ……。その事実に、私は少しうれしくなった。


「異世界転生や転移……最近地球の日本で流行しているファンタジー小説のジャンルなので、あなたは無論ご存知かと思います。よくお読みになられていたようですし。……ずっと、逃げ出したかったのですね」


 私は頷いた。私には、家にも、学校にも逃げ場がなかった。私が唯一持っていた心の逃げ場所、それが本の中だったからだ。その中でも、主人公が妖精の国や、喋る動物の出てくる世界、いわゆるファンタジーの世界へと転移、そして転生するお話を、私も好んでいたのだった。……誰かこうやって私も異世界に連れてってくれないかと……。


「あなたが‘新たな世界との契約に同意’をすれば、その願いは、叶いますよ。」


「願いが……叶う……?」


「はい。異世界に転移。もしくは転生をしていただきます」


 異世界に行ける。レナさんは言いました。確かに、そう言いました。


「本当ですか!?」


 私は思わず立ち上がります。椅子が倒れ、大きな音が部屋に響きました。


 しかし、そんなことを気にいしてはいられません。憧れた異世界に行けるといわれて、私は落ち着いていることなどできなかったのです。


「けど、本当に私でいいんですか? そう言うお話の主人公って、なんとなく、特別な感じな人が選ばれているイメージで……」


 レナさんは首を横に振ります。


「いえいえ。こちらとしては、孤児や、あなたのような家庭環境の人材の方が好都合なんですよ」


「好都合?」


「はい。違う世界に転生、転移した場合の大半が、もう二度と地球への転生ができなくなるからです」


「えっ?」


 それだけ?


「今、「それだけ」っと考えましたね?」


 思考が読まれ、驚いた顔をすると、レナさんは静かに笑いながら、「顔に出ていますよ」と指摘をしてくれた。顔が熱くなったのが自分でわかります。


「けど、これは極めて大切なことなのです。あなたは確かにこの地球の――――西暦の世界に生れ落ちた命なので、この世界の輪廻転生のルールに乗っ取って死後の扱いが決められます。宗教によっても違いますが、あなたの場合は、天国に行くかか地獄に行くか、ですね」


 そうです。だからこそ、私は最初、ここが閻魔様による審判の間だと思ったのです。死神さんに連れてこられたこの空間を。


「あなたにとっては‘それだけ’かもしれません。この世を地獄のようだと思っていたあなたにとっては……」


 そう、わたしにとって、現世と言うものは地獄そのものだった。幼い頃からどこであろうと当たり前な暴力と罵倒。周りに味方なんて居たことも無く、常に孤独。本だけが心の支えだった。


「しかし、現世の当たり前に生きている人々にとっては‘それだけ’ではないのです。親が居て、恋人が居て、子供が居て、友人が居て、その大切な人の存在と言うものが、この世界の理から外れることを拒否するのです」


「……確かに、私には理解できませんね」


「そう言うことです」


 レナさんは、私に紙を差し出してきた。


「これは……?」


「あなたが転生する条件を満たしている世界です。魔法が、存在しますよ」


「魔法のある世界!?」


 私は紙を手に取りました。


「……え?」


 その世界についての説明を読んだ私は、固まりました。


 そして、声を荒げました。


「なんなんですか、これは!?」


 私が叩きつけたその書類に書かれた世界の概要。


 その世界は、魔王と呼ばれる存在が世界を滅ぼさんとしている世界。


 人類が衰退しかかっている世界だったのです。


 人々が救世主を待ち望んでいる世界?


 荒廃した世界?


 声を荒げ、書類をテーブルに叩きつけた私は、レナさんをにらみつけました。


 一方のレナさんは涼しい顔をしながら自分の分の紅茶に口をつけていました。


「「なんなんですか、これは」……ですか。あなたの憧れた世界そのものではないですか?」


 私は勢いよく首を振ります。


「確かに‘魔法がある世界憧れている’というのには間違いはありません。けど、私が望んでいるのは、‘私が魔法を使うことのできる世界’です! この世界は望んだ世界ではありません!」


 転生後、私は……魔法使いなどではなく一般人?


 折角魔法のある世界なのに使えないんですか?


 それなのに、こんな荒廃とした世界で生き残れるわけがないじゃないですか。


「……本当にそうですか?」


「そうです! こんな地獄のような世界……私が望んだ世界ではありません! 拒否します!」


 普通に自然があり、魔法があって、世界は平和で、そんな世界ならよかった。


 そんな平和なだけの世界ならよかった。


 物語のような世界でも、物語がない世界がよかった……。


 物語の主人公ならば、「自分が世界を救う」といえるのでしょうか。と考えるが、結局私には、そのような勇気はありません。


 それに……主人公のような特殊能力もありません。


 私は……モブキャラです……。


 どこであろうと、結局私は、私のままなのです……。


 だから私は、このままでいいのです……。


 もう、苦しみたくないのです……。


 レナさんは睨むような、見定めるような目で暫く私を見つめた後に、再び紅茶を一口飲んでから話しかけてきました。


「なら……あなたはこの世界での輪廻転生の枠組みに組み込まれたままで居るしかありませんね」


 私は力なくうなずくしかなかった。


「ええ、そうしてください。私は……このような世界で生き残る自信はありません」


 私は声を荒げたことを謝ろうと思った。


 しかし、謝罪の言葉を発する前に、レナさんが、紙を一枚取り出しながらさらりと、何事もないように言う。


「では、あなたは地獄行きなので、そのように手配をしますね」


 目の前で書類に何かを記入しだすレナさん。


「……え?」

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異世界へのおくりびと ~レナの業務日誌~ @knavery07

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