1話 仁村文香①
痛みが消え、額から流れる温かさだけを感じるようになってから、もうどれくらいたったのでしょうか……。
私は部屋に横たわりながら、ぼんやりとそんなことを考えました。
『あんたなんて、生まれて来なければよかったのよ――――――』
それと同時に、お母さんに言われた言葉が、唐突に思い返されます。
私の人生は、きっと、よくないものだった。
けど、それでもきっといつかと希望を求め、信じて、結局裏切られて――――――
「私もそう思うよ、お母さん……」
声になったのかはわかりませんが、私は無意識にそうつぶやきました。
窓から入り込む月明かりが、私と、私から流れ出た赤を照らし、綺麗に輝いて見えます。
これが私の見る最後の景色か……。
ずっと、この神秘的に見える光景を見ていたいと思いますが、もう目を開けていることができません。
体のどこにも、とっくに力など入らないのです。
「ああ……神様――――――最後に私にお教えください。わたしは――――――」
――――――な ん の た め に う ま れ て き た の で す か ?
その答えを知ることなどないだろう。
私は瞳を閉じました。
そして、二度と目立覚めないだろう眠りにつく――――――
「それを聞く機会は、まだあるかもしれないぜ?」
――――――はずでした。
身体の感覚が突然戻り、私は驚きのあまり目を開く。
そして飛び起きた。
辺りを見渡すと、そこは元の私の部屋。
しかし、私から流れ出たはずの血の跡も、私の血がこびり付いた筈の置物もそこにはなくなっています。
私の目に移りこんだのは、窓から覗く月明かりと、それに照らされる、妖艶な、綺麗な、黒髪の、黒装飾の女の人が大きな鎌の柄を抱き込むようにそこに立っていました。
「こんばんは。お嬢さん、死ぬにはいい夜だな」
「死ぬ……?」
私は無意識に、言葉を繰り返した。
「ああ、そうさ。あんたは……今死んだ.理由はあんたが一番よく知ってるだろ? 人間が死因をどうやって呼んでるかなんていちいち覚えてないけど、とりあえず、頭を強く殴られたことで出血しまくって死んだんだよ」
「そう……ですか……」
「そうさ。で、私はその死亡した人間の元へのお迎え」
「じゃあ、お姉さんは死神?」
「そうだね、人間の言葉で言ったらそう呼ばれてるね。まあ、神なんてそんな大したものじゃないけどね」
本当にいるのか、と私は感動を覚えました。
物語は所詮物語ではなかったのだ。
しかし、それと同時に私は恐怖を覚えた。死神が存在するということはつまり――――――
「じゃあ……死神が私を天国に連れてってくれるのですか?」
一回唾を飲み込み、私は尋ねます。
天国と言いましたが、、もう片方へ連れていかれないか、そもそも、本当に死後の世界などあるのか。
私の声は、きっと、震えていたと思います。
死神さんは首を横に振りました。
「それを決めるのは私じゃない。決めるのは――――――」
――――――あんた自身さ。
「え?」
私……自身?
困惑する私を見て、死神さんは口元を緩めるのだった。
どういうことか。と、尋ねる前に、パチンッと死神さんが指を一回鳴らしました。すると、その手に一枚の封筒がでてきます。
死神さんは私にそれを差し出してきました。
私はそれを受け取って、まじまじと見ますが、何も書いていません。
「これは……」
「死亡報告書だ。これをこの門を潜った先にいる奴に渡しな。そうすれば、ここについても、これからどうなるかも、説明してくれる」
死神さんがそう言うと、その背後に大きな門が現れました。生えた。とか、落ちてきた。でなく、本当に現れたのです。これは、まるで、本の中の、御伽噺に出てくる――――
「魔法……?」
私は無意識に呟いていたらしく、死神さんが小さく噴出しました。顔が熱くなります。
「ごめんごめん。けど、これは魔法じゃないよ。もっと――――人間がそんな風に名前をつけたり、理解できたするものじゃないからな」
死神さんは門に手をかけ、それをグッと力を入れて押すと、門が少しずつ開き始めます。
「じゃあ、私はここまでだ。あんたの選択によっては、また会うことになるから、さよなら、とは言わないよ」
わけがわからないままに、私は背中を押され、その勢いのまま、転びながらに門を潜るのでした。
倒れて、べたんと地面に体を打ち付けます。私は反射的に、口から「イタッ」と漏らしました。しかし、実際には、痛みなど何もありませんでした。
「……あれ?」
私は起き上がり、打ち付けたはずの膝をマジマジとみました。けど、赤くすらなっていません。
それを確認した私は、改めて、自分のいる場所を認識しようと、顔を上げました。
そこは、不思議な空間でした。奥行など存在しないかのように、そこまでも広く、大きい空間。
そんな空間の、まさに私の目の前に、二人掛けの小さな円形のテーブルとが置かれ、さらにその奥に無数の本棚が確認できます。
そして、本棚の前に確認した人影。
私がマジマジとみると、そこに居たのは、綺麗なお姉さんでした。同性の私でも見とれるくらいに綺麗なその人も、その瞳で真っ直ぐに私を見つめ返してきます。思わず緊張で足が動かなくなってしまいます。
「――――そこ、危ないですよ?」
「え?」
私は首元が何かに引っ張られる感覚がして、一歩前へと出ました。すると、背後の門が勢いよく閉まり、そして、現れたときと同じように、消えました。
そして、私は危うく挟まれそうになっていたことを理解して、ゾッとしました。
そんな私のことを気にせずに、お姉さんが私に声を掛けます。
「ボーッとしてないで、早くこちらにきて、おかけください」
「は、はい」
お姉さんの声で我に返った私は、少々大きな返事をしました。
言われるがままに、お姉さんの前まで行くと、椅子が現れました。どうしよう、私、今凄い所にいる?
「死神さんから、封筒を預かっていませんか?」
「あ、はい!」
私は手に持った封筒をお姉さんに渡しました。
死神さんが死亡報告書を渡せとおっしゃったということは――――
「お姉さんが閻魔様でしょうか?」
それを聞いて、閻魔様(仮)は、盛大にため息をつきました。
「……あの方は、また説明していないんですね……では、自己紹介をさせていただきましょう……」
お姉さんは優雅に、両手でスカートの裾をつまみ、ファンタジーの作品に出てくるお姫様やメイドさんのように、こちらにお辞儀をした。
「私はレナ。神々から‘おくりびと’……と呼ばれる者です」
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