035:2度目の進化。


 ……ん?

 ちょっと待て。

 明らかに思考がおかしい。

 絶対間違っているよこれは。

 うわー、私完全に無意識で“殺すこと”を最重要事項として考えてるわー。

 引くわー、自分でめっちゃ引くわー、こんなんじゃ結婚なんて夢のまた夢だわー。


 ふぅ。

 いかんいかん。

 本質を見失うなー私。

 最も重視すべきは“殺すこと”ではなく“生き残ること”だぞー。

 そうだよ、ヤバいよ私。

 考え方がどんどんヤバい奴になっていってるよ。


 この凶悪犯のような思考もカルマ値とやらの影響なのかね?

 怖いわー、気をつけよ。


『ユウナ、黙っているがどうした?』


『あ、大丈夫だよーガウル。ちょっと考え事。ってかもうすぐ着くね』


『あぁ。だが、ほんのわずかだが妙な匂いが混じってるぜぇ。昨日まではなかったやつだ。かなり距離はあるけどな』


 ……急になんか不穏なんですけど。


『ちゃんと報告できて偉いねガウル。それで、強そう?』


『すまねぇ、この距離じゃさすがにそこまではわからねぇよ』


 《〈索敵地図〉による反応はありません。おそらく半径500メートルの範囲外です》


 ……ガウルの鼻は相変わらず凄すぎ。


 《その点に関しては誠に遺憾ながら同意します。ワタシたちの危機回避能力が飛躍的に高まりました。これは生存率上昇に直結するでしょう》


 何故に遺憾なのかつぐみさん……。


『わかった、ありがとうガウル。警戒はよろしくね。未知は怖いからできれば正面からは出会いたくない』


『……めずらしいな。まぁ、了解だぜ』


 いやめずらしいって何?

 ガウルは私の事を戦闘狂とでも思ってるのかね。

 全く失礼な犬っころじゃい。

 これは躾が必要だねー。

 極上の魔石を目の前に置いて延々と“待て”の刑だよこれは。


 それはさておき。

 警戒はつぐみさんとガウルに任せておけばいいから、私はまた進化先について考えようかね。

 とはいってもそう難しいことじゃない。

 2択までは絞っているわけだし。

 

 次に考えるべきはやっぱり『ルナティア』

 秘匿条件を本当に運良く満たしたが故に追加された特殊な進化候補。

 これがなければ迷うことなくバジちゃんにしたんだけどねー、魔眼ちょー強いし。


 ルナティアの魅力はなんといってもその“防御性能”。

 あらゆる属性魔法の無効化。

 控えめにいってとんでもない能力。

 デメリットとしては、実は心の片隅でいつかは使えるようになりたいなーと思っていた魔法が使えなくなること……。


 はぁー。

 でも、この魔法無効化というとんでもない能力のデメリットとしては小さすぎるってこともわかっているんだよなー。

 

 ……ん?

 ちょっと待ってよ。

 とんでもないことに気づいちゃったぞ。

 魔法って確か魔力を使っていろんなことをするー的なやつだよね?

 ってことは、あのヤバい『魔眼』も無効化できちゃったりしないかな?

 だってつぐみさんの説明では魔眼も魔力が関係してるっぽいし。


 《可能性は十分にあります。さすがユウナです》

 

 ま、マジか……。

 よくよく考えると半端ないなこの能力。

 月の魔力ってもう意味わからんよ。

 ってか、月があるなら太陽もあったりして。


 …………。


 なんかすっごいありそうなんですけど……。

 めっちゃ天敵になりそうな気がするんですけど……。


 うん、怖いことを考えるのやめよう。

 もしそんな明らかにヤバそうな奴がいても、別に正面から戦闘をしないといけないわけじゃないしね。


 さーて。

 やっぱルナティアかなー。

 “生き残ること”に関してはやっぱこっちが1番だよねー。

 不安があるとすれば、優れていると説明文にあった、俊敏性、機動力、頑強性がどの程度なのかわからないことかな。


 それにどのくらい身体が大きくなるのかも心配。

 別に魔法を克服したからって無敵になったわけじゃない。

 純粋な身体能力で勝る敵がゴリ押しで来たら負ける可能性は大いにありえる。

 今まで通り基本は隠密行動したいってのが本音。

 ガウルみたいに小さくなる手段があればいいんだけど。


 まあ、その点に関して言うならバジちゃんも同じだよね。

 油断はよくないけど、臆病になりすぎるのも良くないし。

 あのでっかい蛇みたいに、格上との戦闘が避けられない状況はこれからもあると思っておいた方がいい。

 今のうちに覚悟しとこう……めっちゃ嫌だけど。

 

 うん、決まりかな。

 これ以上考えても意味無いわ。



 ───私は『ルナティア』に進化することを決めた。



 そこまで考え終えた時、私はふわりとした浮遊感を感じた。

 それがきっかけとなって私は思考の海から現実に引き戻されると、そこはいつの間にか私の部屋のベランダだった。


『着いたぞユウナ』


『うん、いつもありがと』


 どうやらちょうどマイホームに到着したらしい。

 ガウルは器用にベランダの窓を開けて、埃とかをできるだけ落とし、マットで行儀よく前脚と後脚の汚れを拭いてから中に入っていく。

 当然戸締りも忘れない。

 本当に賢くて良い子。

 私はガウルができる子すぎるから、マイホームに着いてもガウルの背に乗ったまま。


『そのままお風呂だろ?』

 

『もちろん』


『んじゃ、そのまま行くか』


『うん』


 私とガウルはそのままお風呂に直行する。

 今日はなんとなくガウルをゴシゴシ洗ってあげたい気分。

 

 

 ++++++++++



 ユウナが進化の為『黒い繭』に包まれた。

 

 …………。


 ……チッ。

 なんだこの感じは。

 今まで居心地が良かったのに、なんか気分がすぐれねぇ……。

 ユウナの奴、早く進化終わんねぇかな。


 《寂しがり屋ですね》


 ……ッ!?

 そうか、オレは寂しいのか。


 って、うぜぇよつぐみ!!

 勝手にオレの心覗いてんじゃねぇ!!


 《まったく。こんなことで本当にユウナを守れるのか不安ですね》


 舐めんじゃねぇ!!

 バッチリ守ってやるよ!!


 くそ、つぐみの奴ふざけやがって。

 ユウナもユウナだぜ。

 会って間もないオレを信用しすぎじゃねぇか?

 いくらスキルで縛ってるとはいえよぉ。

 進化までさらすか?


 《フッ。その割に嬉しそうじゃないですか犬っころ》


 ───ッ!!!!

 だ、だからオレの心覗くんじゃねぇッ!!!!


 クソッ!!

 ふざけやがって。

 そんなんじゃねぇわ。


 コイツのオレへの嫌がらせは本当に悪質だぜ。

 

 ───その時、ふとさっきの“妙な臭い”がした。


 これは……こっちに近づいてやがるのか?

 たまたまか?


 …………いや、これは……完全にこっちに気づいた上で近づいてやがるッ!!


 《それはまずいですね》


 あぁ、それもかなり“強い奴の臭い”がしやがる。

 おいつぐみッ!!

 オレはどうすればいい!!


 こんな奴を今のユウナに近づける訳にはいかねぇ。

 だが、オレはこういうときどうしたらいいかわからねぇんだ。

 だから気に食わねぇがつぐみの奴に聴くしかねぇし、オレの我を通してる余裕なんてねぇ。


 《これからの行動を伝えます。まずは敵の視認。その後は敵を誘導し、ユウナから遠ざけて下さい。その際、戦闘になることを考慮しアナタの戦いやすい場所へ導くことができればより良いです》


 あぁ、わかったッ!!


 オレはすぐさまユウナの部屋を飛び出し、臭いのする方へ駆ける。


 すまねぇユウナ、すぐ戻って来るぜ。

 


 ───もう二度と、失ってたまるか。

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