036:怪鬼事変【序】
オレは“ソイツ”に向かってしばらく走り、そして止まった。
距離が縮まったことでより正確な匂いがわかったからだ。
いや……分かっちゃいねぇ。
分からねぇってことが分かったんだ。
なんだこれは?
獣……? いやオーガか……?
分からねぇな、初めて嗅ぐ匂いだ。
《これは……》
ん、なんだつぐみ。
知ってんのか?
《アナタの臭覚はユウナのそれよりもはるかに高度です。これほど精密で膨大な臭覚情報を処理するのは初めてのことなので、正確性に欠けますが……おそらくは……》
もったいつけんじゃねぇよ!
早く教えろ!
俺は目標に向かって走り続けながら頭ん中でつぐみに怒鳴る。
それに呼応するようにつぐみはオレに答えをくれた。
《───『ポチミ』です》
ポチミ、ってのはオレにとって初めて聴いたものだ。
ふざけた名前だ。
普通だったらまた怒鳴っていたと思う。
ふざけんな、なんなんだよポチミってのは! ってな。
だが───
あぁ、コイツか。
ちょうどオレの目の前に現れた“ソイツ”と、頭ん中に流れ込んでくる情報で確信した。
コイツが『ポチミ』なんだと。
『ポチミ ビーストオーガ Lv.31』
オレが知ってるオーガとは似ても似つかねぇ。
全身が黄色い体毛で覆われていて、意味のわからんことに四足歩行。
なんだコイツは?
こんなやつがこの街にいてオレが気づかねぇわけねぇ。
───そういやぁ、コイツの匂い突然現れなかったか?
《思考に耽っている場合ではありませんよガウル》
んなこたぁわかってんだよバーカ。
コイツがやべぇことくらいどんなマヌケでもわかんだろ。
なんのスキルもいらねぇ。
本能がビンビン言ってんぜ? ───“今すぐ逃げろ”ってなぁ。
《アナタはユウナとは違います》
頭ん中に響いたどこまでも冷静なその声に、オレは少しだけ腹が立った。
言われなくてもわかってんだよ。
ユウナも間違いなくやべぇ。
コイツとはヤバさがまた別モンだがな。
自覚してないあたりがさらに厄介だ。
貪欲に強さを求め生きることに固執している。
とっくにこの辺りじゃあ、ユウナに敵う奴なんていねぇってのによ。
───まあ、この頭ん中にいる気に食わねぇ奴がそう誘導してんだろうけどな。
だがオレだって雑魚じゃねぇ。
簡単にやられると思っていんのか?
このオレ様がよぉ?
舐めてんじゃねぇぞてめぇ。
《冷静に聞きなさい。アナタとユウナが違うと言ったのはそういうことではありません》
あぁ?
じゃあなんだってんだ?
《はぁ。アナタはそれなりに賢いと思っていましたが、怒りの沸点が低いあたりはやはり獣ですね》
なんだとてめぇ!!
《ユウナとアナタが違うと言ったのは、先程アナタも言っていたように強さの方向性の話です。ユウナが状態異常に特化した特殊タイプとすれば、アナタは身体能力に依存した純粋なタイプと言えるでしょう。実際、アナタの身体能力はユウナの比ではありません。搦め手無しで正面から戦えば、もしかしたらユウナの驚異的なセンスを持ってしても敵わないかもしれません》
…………。
《ですが、逆に言えばアナタより身体能力が高い存在に対しての対抗手段が極めて少ないとも言えます。この状況がまさにそれです。ポチミは極めて強敵です。理想はユウナとの連携です。ユウナの多種多様な毒によって敵を拘束し、アナタがとどめを刺す。これが最も勝率が高いことはお分かりでしょう?》
……あぁ。
《ですが、ここにユウナはいません。つまり、アナタは純粋な戦闘能力で上回る必要があるのです。ワタシは今までユウナと様々な経験をしてきましたが、格上との純粋な戦闘はたった一度しかありません。圧倒的なデータ不足です。危険です。アナタはユウナにとって有益な存在であるため、失うわけにはいきません。幸い、ポチミは知性があまり高くないように思います。逃げに徹しながら上手く誘導する、というのが得策です》
…………。
…………。
───ククッ、あぁ確かにな。
お前の言う通りだぜつぐみ。
コイツはヤバすぎる。
まともに殺り合うなんて馬鹿だよなぁ。
《お分かりいただけて何よりです。では、この辺り一帯の地形情報を送り───》
───だけど、無理だな。
オレはアイツと殺り合いてぇって思っちまってる。
《な、何を言ってるのですかッ!! ワタシの話を聞いていましたか!? アナタにもしもの事があったら、ユウナに何と言えばいいのですか!!》
馬鹿が死んだ、とでも言ってくれりゃいい。
つくづく思ってたんだ。
オレはユウナのお飾りじゃねぇ。
対等になりてぇんだよ。
ユウナがいなけりゃなにもできないなんて、オレのプライドが許さねぇんだよ!! クソボケがぁッ!!
《冷静になりなさい!! アナタのつまらない意地に付き合ってる場合ではありません!! それに、もしアナタに何かあればユウナも悲しみます!!》
……フッ、そうかよ。
アイツは悲しむか。
最初はちっこい癖に妙に強くて、妙に馴れ馴れしい奴で気に食わなかったが───案外居心地悪くねぇんだよな。
だがこれだけは譲れねぇな。
今後もアイツの傍に居るんなら、オレはこのくらいの壁は余裕で乗り越えなきゃならねぇ。
───その時、“ソイツ”の首がぐにゃりと曲がり、鋭い眼光がオレを捉えた。
「グガァァァアアアアアアッ!!!!!」
想像を遥かに超える速度でオレに向かって走り出し、距離がみるみる縮まっていく。
おいおい、どうやらもう迷ってる暇はねぇみたいだぞ?
まあ、とっくにオレの準備はできてるけどなぁ!!
「ガルアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
オレは咆哮を上げながら走り出した。
頭ん中でつぐみが未だにうだうだとなんか言ってるみたいだったが、もう聞こえやしなかった。
───新宿伊勢丹前にて、激突。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます