×××:アニバーサリー。
「あのー、皆さんっ! 少し集まってもらってもいいですか? 今この場にいる方だけでいいのでっ!」
坂本の子供のような声に数人が振り向く。
それを確認し、坂本は予め準備していた踏み台に登る。
これで坂本の小さな体でも全員を目視できる高さになった。
「ん? どうしたんだい坂本ちゃん」
「今日も可愛いね〜、坂本ちゃんは〜」
「何かあったんですか?」
「いつも季節外れのマフラーつけてるんですね、暑くないんですか?」
「……坂本さん、どうかしたんですか?」
「どうしたのーっ! リノお姉ーちゃんっ!」
坂本はこれまで、特別目立つようなことをするタイプではなかった。
少なくとも、台に登り自ら注目を集めるといった行動をすることは一度もなかった。
ゆえに大半の人間が驚きを隠せず、好奇心という名の原動力によって坂本の元へと足を運ばせた。
(うわぁ……緊張します……。すごく嫌いだったプレゼンを思い出しますぅ……)
ぞろぞろと人が坂本の元へ集まってくる。
ざっと25人ほど集まってきたが、坂本の居る場所は商品棚やオブジェをバリケードに使用することで生まれた広めの空間であるため、何も問題はない。
いくつもの視線が坂本に突き刺さる。
大人、子供、お年寄り。
様々な避難民がここには居る。
こんな状況だが、その表情にはほんの僅かの余裕が窺えた。
それはこの拠点の優秀さを雄弁に語っている。
いつもより高い視点から集まった人々を眺め、坂本は少しでも心を落ち着かせようと深呼吸する。
(大丈夫です……。ここを仕切ってるあの偉そうな女とその取り巻きは今3階で会議中。積極的に魔物と戦ってた強い人たちも、あの“怪事件”でほとんど死にました……)
───だから、今ここに脅威となりえる人間はいない。
多少戦えるようになってきたとはいえ、ここに集まっている人間は決して強いわけじゃない。
自分の方がずっと強い。
だから大丈夫。
絶対に大丈夫。
そう何度も思考を繰り返し、坂本はザワつく心を鎮める。
最後にもう一度だけ深呼吸。
(や、やりますっ!!)
口には出さず気合いをいれ、坂本はゆっくりと集まった人々に話し始めた。
「えー、まず皆さん。わざわざ集まってもらってすいません。実は報告したいことがあるんです」
慣れと経験もあり、意外にも言葉はスラスラと紡がれていく。
それを聴く人々も真摯に耳を傾けている。
「実は、新しいスキルを手に入れたんですっ! 実際に見せた方が早いと思いますので、ちょっと実演してみますね」
「ほぉー!! それはスゴい!!」
「坂本ちゃんの新スキルかぁ〜。興味あるなぁ〜」
人々は坂本の言葉に関心を示すが、その実これは真っ赤な嘘である。
坂本は新たなスキルなど手に入れていない。
これから見せるスキルは、坂本が魔物になった当初から所有していたものだ。
しかし、事実である必要などどこにもない。
予め考えておいたセリフを、坂本はただ述べているだけなのだから。
《新たにスキル〈演技〉を獲得しました》
不意に、坂本の脳内に聞き慣れた声が響く。
(……ほ、本当に新しいスキルを獲得してしまいました……)
坂本は少しだけ動揺したが、すぐに思考を切り替える。
何も問題はない。
そう結論付けて。
「───〈ダークソード〉〈ダークアーマー〉」
静かに囁かれたその言葉に応えるように、次の瞬間には坂本の姿が変化していた。
全身が突如、純黒の全身鎧で覆われたのだ。
クローズド・ヘルムに視界確保のための細いスリットがあるだけで、肌の出ている部分は一切無い。
鎧の所々には禍々しい棘が無数に生えており、ガントレットにはかぎ爪のようなスパイクが付いている。
それは見るものに悪魔を思わせ、清い存在では決してないことを象徴している。
坂本のトーンの高い茶色の長髪と鮮血の色に染まったマントが、その黒き鎧にはとても映えていた。
しかも、その右手にはいつの間にか漆黒の輝きを放つ長剣が握られていた。
身に纏う美しい全身鎧に相応しい長剣だ。
───まさにそれは、『暗黒騎士』といった言葉が相応しい姿。
このあまりに大きすぎる変化を目の当たりにした人々は息を呑み、静寂がこの場を支配した。
「ど、どうでしょう……」
坂本の消えそうな弱々しい声。
それにより、人々は虚ろだった意識を取り戻した。
改めて変わり果てた坂本の姿を凝視する。
確かに凄い。
凄まじい能力である。
驚愕に値する。
そういった感情も確かにあった。
だが、大半の人間が抱くのはもっと別の感情である。
その原因となったのは、坂本の印象と身長である。
特に身長。
坂本の身長は───『143cm』しかなかった。
そんな小さな坂本が、全身に鎧を纏ったらどうなるか。
子供が仮装しているようにしか見えないわけで───。
「か、可愛い……」
誰かが呟いた。
「えっ?」
予想外の反応に驚く坂本を置き去りにして、そこからは賞賛の嵐だった。
「か、可愛いすぎるよ坂本ちゃんッ!!」
「すげぇ……すげぇかっこいい!! ねぇどうやったの!?」
はしゃぐ大人、はしゃぐ子供。
まるで祭りのように騒ぎだす人々。
それは坂本を困惑させるには十分すぎた。
(なんですかこの反応は……)
「えぇ、コホンッ!」
わざとらしい咳払いを一つ。
多少予定とは違うが問題は無い。
大丈夫、不都合なことはまだなにもない。
坂本は心のなかで自分に言い聞かせる。
「このスキルは確かに便利なんです。鎧や剣を自由に消したり出したりできるので。ですが、“弱点”もあります。それが、『素材』によって性能が変わってしまうということです」
求められたわけでもなく、坂本は己のスキルについての説明を始める。
不自然に、自らのスキルの弱点について語り出す。
だが、誰もそんな疑問を持つことなく坂本の声に耳を傾け続ける。
「今この剣の素材は『包丁』、鎧の素材は『服』なので、実は見た目以上に性能低いんですよねこれ。悲しいです」
───〈傲慢な宣誓〉
これにより、坂本は一つのスキルの発動条件を満たした。
(発動しましたね。これで準備おーけーです)
ここまでの坂本の行動は全て、このスキルを発動するため。
己の弱点をさらけ出すことと引き換えに、能力を向上させるスキル。
さらけ出す弱点の度合いによってこのスキルの効果は変わるのだが────坂本は目の前の人々を眺め、この程度でいいと判断する。
そしてまた深呼吸。
(やります……やりますよっ!!)
なんの疑いもなく坂本の射程範囲内に居る人々。
数日共に過ごしたというだけで、自分のことを心から信頼し笑顔を向けてくれる人々。
そんな彼らを───坂本は今から全員殺す。
だからもう一度だけ自分に問う。
本当にいいのかと。
そんな外道な行いをして心は痛まないのかと。
もう後戻りはできないぞと。
そして───
(───やっぱり、何も思いませんね)
突如振るわれた無慈悲なる一閃。
肉を斬り裂く惨たらしい音。
噴水のように舞い上がる大量の鮮血。
全てが予想外のその一振を、坂本の射程内の人間で躱せた者は誰一人としていなかった。
魔物となり向上した坂本の身体能力は、片手で幾人もの首を容易く刎ね飛ばした。
先程とは似ても似つかない静寂。
運良く射程外に居た人々は凍りつく。
頭では理解しても心が理解を拒む。
だが、目の前には広がっている。
どこまでも残酷で、生々しい現実が。
「ひ、ひっ、ひぎゃぁぁぁあああああ!!!」
「おぼげぉぉおおお!!」
「さ、坂本……ぢゃ、ん……」
「な、なんで……なんで、こんな……こと……」
「うわァァアアア!!」
血を吐くような叫び。
それはまさしく阿鼻叫喚だった。
様々な感情を乗せた視線が坂本へと注がれる。
そんな中、坂本は───
《個体名『リノ』のレベルが上がりました》
《個体名『リノ』のレベルが上がりました》
《個体名『リノ』のレベルが上がりました》
《個体名『リノ』のレベルが上がりました》
《個体名『リノ』のレベルが上がりました》
《個体名『リノ』のレベルが上がりました》
《個体名『リノ』のレベルが上がりました》
《個体名『リノ』のレベルが上がりました》
《個体名『リノ』のレベルが上がりました》
《個体名『リノ』のレベルが上がりました》
《個体名『リノ』のレベルが上がりました》
《個体名『リノ』のレベルが上がりました》
《カルマ値が大幅に下降しました》
《各種能力値が上昇しました》
《スキル〈ダークソード〉のレベルが上がりました》
《スキル〈ダークアーマー〉のレベルが上がりました》
《スキル〈剣術〉のレベルが上がりました》
《スキル〈剣術〉のレベルが上がりました》
《スキル〈剣術〉のレベルが上がりました》
《種族値が一定に達しました。スキル〈アンデッド召喚〉を獲得しました》
《種族値が一定に達しました。スキル〈制限解除〉を獲得しました》
《種族値が一定に達しました。スキル〈騎乗〉を獲得しました》
《種族値が一定に達しました。スキル〈愛馬召喚〉を獲得しました》
《新たに称号『人殺し』を獲得しました》
《新たに称号『人類の敵』を獲得しました》
《新たに称号『殺戮者』を獲得しました》
《新たに称号『虐殺者』を獲得しました》
《新たに称号『無慈悲』を獲得しました》
《新たに称号『外道』を獲得しました》
「うっひょー! 一気にめっちゃレベル上がりましたっ! 最高すぎですぅ! 無事人間も殺せましたし、今日はアニバーサリーですっ!───おや、このクリスタルは……まさか噂のドロップアイテムっ!? 初のドロップアイテムではっ!?」
大量の返り血を浴び、真っ赤に染まった鎧。
誰からも見えはしないその顔には───無邪気にはしゃぐ子供のような笑みが浮かべられていた。
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