017:つぐみさんの夜のお仕事。
ぺたぺたと床を歩く。
まだまだこの低い視線には慣れない。
リビングを抜け、玄関までの一本道。
そのサイドにはトイレとお風呂場がある。
私はスライド式のドアをぬわーっと言いながら開け、お風呂のある部屋へと入る。
ちなみに洗面台と洗濯機があるのもココ。
そう、私はお風呂に……ではなく洗面台へと登る。
小さい引き出しを開け、使っていない歯ブラシの入っている袋を口と前脚で器用に破った。
あぁ、しんどい。
《ユウナの中には“楽しい”という感情も多少あるようですが?》
…………。
うん、つぐみさん。
なんか恥ずかしいから、私の内面をいちいち実況しないでね……。
《わかりました》
隠し事が絶対にできない相棒……つぐみさん。
これから大変そうだ。
《やはり“楽しい”という感情がありますね》
…………。
私は洗面台のコックに前脚2本でぺたっと張り付き、グッと力をいれて回す。
するとジャーッと水が出てきた。
そのまま飛び込むように私は頭からそれを浴びる。
あぁ〜気持ちいい〜。
そしてさっき開けた歯ブラシを前脚で持って、体をシャッシャッシャッと洗っていく。
おぉー、意外とできるもんだね。
私、トカゲになっても女を捨てたつもりないから。
お風呂はさすがに欠かせないっしょ。
そういえばさ、大型アップデート? ってなんなの?
《大型アップデート『夜明けのワルキューレ』の内容を説明します。ワタシに送られてきた情報は次の五つです。フィールドの一部改変、魔物不可侵領域の開放、外来種の出現、ドロップアイテムの確率修正、魔石システムの導入。以上です》
……うん、相変わらず良く分からん世界になったよねー。
何、大型アップデートって。
完全にゲームじゃん。
でも、考えるのをやめた奴から死んでいきそうだからー、なんだかんだ考えるんだけど。
フィールドの一部改変……意味不明。
初っ端から分からんよ。
つぐみさんなんか知ってる?
《いえ、その情報はありません》
そうかー。
つぐみさんが分からんならお手上げだね。
じゃ、次。
魔物不可侵領域の開放。
これはなんとなくわかるぞ。
たぶん私みたいな『魔物』が入れない場所が開放されるってことでしょ。
これは人類のためだね、完全に。
……ただでさえ人類有利だってのに。
ざっけんなよ、クソが。
ふぅ。
外来種の出現は帰り道に見たアレだね。
あの名前がなくて、群れで動いてた狼の魔物。
……なんだろう、なんとなく私とは根本的に違う気がしたんだよね。
んー、こうー、最初っから魔物な魔物っていうか。
《その認識で正しいとワタシも思います。精神構造がユウナとは全く異なっていましたので》
へぇー。
やっぱりじゃあ、あれは純粋な魔物なんだ。
……怖っ。
まじでカオスじゃん。
そんなんまで現れたんかい。
人間、元人間な魔物、純粋な魔物。
私、ぜーんぶ敵なんですがそれは……。
《共に頑張りましょう》
……うん、そだね。
ありがとつぐみさん。
私は少し水を飲む。
ぷはー。
……クソ、美味いと思ってしまった。
私はコックをキュッと捻って水を止める。
洗面台の横にある引き出しを開け、タオルの隙間に潜り込んで身体を拭く。
ちょっとこれ楽しい。
身体を捻り水気を拭いながら、私はまた考える。
……ドロップアイテム。
これはまんまでしょ。
魔物を倒したら稀に手に入るアレでしょ。
くそー羨ましい。
そんなものまであるのか……。
あの怖い姉妹の魔法使い、サキちゃんが持っていたあの杖。
あれドロップアイテムだったのかな。
そんなのあったら魔物を狩りまくる奴とか出てきそ〜。
怖いわ〜。
私も気をつけよっと。
ぴょんっと床にジャンプする。
ふぅー、スッキリした。
本当はもっとガシガシと洗いたかったけど、贅沢は言えんな。
またぺたぺたと床を歩く。
お腹空いた。
私は冷蔵庫へと向かう。
到着して一番下の引き出しを開けると、そこにはキンキンに冷えたドラゴンなフミカちゃんが入って…………いなかった。
あったのは青い綺麗な石。
でもなんとなく分かった。
たぶんこれが『魔石システム』ってやつなんでしょ。
《その可能性が高いと思われます》
ほらね、つぐみさんも可能性高いって言ってる。
…………。
ねぇ、なんだか私、この青い石をすごく食べたいんだけど。
これってもしかして……つぐみさんのせい?
《…………》
私の精神イジって“食べたい”って思わせてる?
《ワタシに必要な養分がその石には全て詰まっています。申し訳ありません、ユウナ》
いや、まあ、別にいいんだけどね。
つぐみさんは相棒だし。
それになんとなく分かるんだけどさ、この石って私にとっても必要なものなんでしょ?
《その通りです》
じゃ、何も問題ないね。
いただきまーす。
ガリガリ、ボリボリ。
ガリガリ、ボリボリ。
あれ?
超美味しんですけど。
何コレ病みつきになりそうー。
《各種能力値が上昇しました》
ふーん。
いい事尽くめじゃん。
……疲れたな。
いろいろと疲れた。
食べたら眠くなってきたよ。
私は布団の方に移動する。
もう寝ようかな。
ねぇねぇ、つぐみさん。
ヤバくなったら起こしてもらうことってできる?
《可能です。ゆっくりと休んでください、ユウナ》
ありがとう。
少し眠るよ。
おやすみ、つぐみさん。
《おやすみ、ユウナ》
++++++++++
《ユウナの意識の喪失を確認》
《脳波の安定を確認》
《これより睡眠時強化試行を開始します》
《ユウナが認識できていない内包エネルギーを確認》
《掌握、及び操作を試みます》
《試行中───試行中───成功》
《新たにスキル〈魔力感知〉を獲得しました》
《新たにスキル〈魔力操作〉を獲得しました》
《フェイズを移行》
《ユウナの精神のさらなる強化を試みます》
《ユウナの精神を微細に破壊、修復。これを繰り返し行い強化を図ります》
《試行中───試行中───成功》
《新たにスキル〈精神耐性〉を獲得しました》
《スキル〈孤独耐性〉〈気絶耐性〉〈恐怖耐性〉〈混乱耐性〉はスキル〈精神耐性〉に統合されました》
《スキル〈精神耐性〉のレベルが上がりました》
《成功を確認したためこれを継続して行います》
《フェイズを移行》
《肉体、及びスキルの強化を試みます》
《スキル〈魔力操作〉により内包魔力の一部に乱れを生じさせ、僅かに筋繊維を破壊》
《それをスキル〈自己再生〉及び〈HP自動回復〉を用いて修復。これを繰り返し行い強化を図ります》
《試行中───試行中───終了》
《効果はすぐに確認できませんでした》
《経過観察を続けます》
《次にスキル〈隠密〉〈気配遮断〉〈危機察知〉〈魔力隠蔽〉〈索敵〉を同時発動》
《それらの消費MPをスキル〈MP自動回復〉を用いて回復。これを繰り返し行い強化を図ります》
《試行中───試行中───終了》
《効果はすぐに確認できませんでした》
《経過観察を続けます》
《フェイズを移行》
《ユウナの記憶より新たなるスキルの獲得を試みます》
《ユウナの記憶よりフィールドとなる『東京』の地図を作成します》
《試行中───試行中───成功》
《新たにスキル〈地図〉を獲得しました》
《〈地図〉と〈索敵〉が統合され、新たにスキル〈索敵地図〉を獲得しました》
《スキル〈索敵地図〉のレベルが上がりました》
《新たにスキル〈思考加速〉を獲得しました》
《新たにスキル〈並列思考〉を獲得しました》
《フェイズを移行》
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