010:ドン・キ〇ーテ。


 はぁ……はぁ……。

 死ぬかと思った。

 やっとゆっくりになった。

 目的地が近いのかな。

 

 爆走する車のルーフの上で、私は全身全霊を傾けてへばりついていた。

 その間にアナウンスさんがなんか言ってるみたいだったけど、聴いてる余裕なんてあるはずもない。

 だって本当にヤバかったから。

 コイツらの運転マジ半端なかったから。


 でもそれも終わり。

 なんか急に速度が落ちた。

 ふぅー助かったー。


 そして見えてきたのは、誰もが知る『ドン・キ〇ーテ』だった。

 蜥蜴になって視点が低くなったせいか、めちゃくちゃデカく見える。

 なにこの超高層ビル。

 こんな巨大だったのかドンキって。

 

 へぇーあそこが拠点ってわけね。

 確かにねー、なんでもあるってのが売りだし。

 割といいんじゃね?

 私もよく行ったなー、特に買いたいもんもないのに。 

 なぜか行っちゃうんだよ。

 ……そして衝動買いしちゃうんだよ。

 はぁ……。


 車が駐車場に入るために、減速してハンドルをきったとき、私はぴょんと地面に飛び降りた。

 着地成功ー。

 ……やっぱちょっと痛い。


 《スキル〈打撃耐性〉のレベルが上がりました》


 さて、どこから侵入しようかな。

 キョロキョロと辺りを見渡し、私は侵入できそうな場所を探す。

 予想通り出入口付近は見張りがいる、2人。

 しかも凄いバリケードが築きあげられてるし。

 ソファーとかタンスとかが積み上げられて、人一人くらいしか通れないようになってる。


 うむうむ。

 さすが人類。

 だけど、私みたいな小さい生き物には意味ないけどね。

 それにこれは感覚だけど、なんか小さい魔物の方が多い気がする。

 少なくとも今は。

 あのオーガのポチミちゃんみたいなのは稀だと思うんだよねー。


 だって今のところ全然出会わないし。

 スパイダーなマサオ君もドラゴンなフミカちゃんも大きくはなかった。

 

 さて。

 どっから侵入しよう。

 どうもあの見張りは〈索敵〉を持ってないようで、私には気づいてないみたいだけど……。

 バリケードの間は通れると思うけど、急に自動ドアが開いたらさすがにバレそうな気がする。


 んー、どうしよう。

 しばらくテクテクと周りを見て侵入できそうな場所を探していると、3階の窓が僅かに開いているのが見えた。

 いぇーい。

 私なら行けるぜ。


 早速、私は壁に張り付いて登り始めた。

 トカゲの私には楽勝。

 だってあの爆走する車からも振り落とされることはなかったんだからね。

 でも風が結構強い。

 不意にチラッと下を見た。


 …………。


「キキキィィィィイイイイイイイ!!」


 きゃぁぁぁぁああああああああ!!

 思わず絶叫してしまった。 

 高い、高すぎる。

 怖すぎるんですけどぉぉぉ。

 落ちたら絶対死ぬんですけどぉぉぉ。


 スー、ハー。

 落ち着け私。

 今の私ならやれる。

 もう下は見ないでおこう。


 恐怖から歩調を早めた。

 そしてなんとか到着。

 チョロチョロと窓の隙間から店内へ。

 はい、侵入成功。


 はぁぁぁ、怖かったぁぁぁ。

 高いところって怖い。

 私、ジェットコースターとか余裕なタイプだったけど、安全バーも命綱もないのは怖すぎた。


 ふぅ。

 えっと、ここは……在庫保管室?

 めっちゃダンボールがある。

 ん、とりあえず移動しよう。


 1つしかないドアに近づき、ドアノブに尻尾をくるりと回して、フンヌッーっと力をいれてドアを開ける。

 ほんの僅かしか開けられないけど、私には十分。

 唯一の取り柄のすばしっこさを存分に活かして、スルりと開いたドアの隙間から外へ。

 ふぅー、この体だとドアを開けるのも一苦労。

 でも結構慣れてきた。

 大変だけど少し楽しかったり。

 

 それから廊下に出て、またぺたぺたと天井を歩く。

 うわぁ。

 なんか至る所に血がついてる。

 めっちゃ戦闘跡って感じ。

 まあ、そりゃそうか。

 魔物になったのが私だけじゃないなら、当然店内で変わってしまった奴らもいたはず。

 ここはそいつらを全て殺して奪い取った、人間サイドの重要拠点ってわけね。

 じゃあ戸締りはちゃんとしなきゃでしょ〜。

 私みたいなのが忍び込んじゃうよ。


 ……ん?

 

 ガチャりと扉の開く音が聴こえた。

 私は天井に張り付いたまま、動きを止める。

 もちろん〈保護色〉は常時発動中。

 やってきたのは女だった。

 私と同じ歳くらいの、茶髪でボブカットの大人の女。

 だが……なんじゃそりゃ。

 

 そいつは、いかにも『魔法使い』って感じの杖を片手に持ってた。

 その歳でウケるぅ〜なんて考えは、そいつの情報が脳内に示された瞬間に吹き飛んだ。


『サキ 魔法使い Lv.16』

『状態:正常 HP:82/82 MP:178/178』

 

 ……今、殺した方が得策だろうか。

 そんな考えが過ぎるほどヤバい女だった。

 レベルが……16!?

 いやいや半端ないって。

 どんな修羅場くぐってきたのサキちゃん。

 

 《スキル〈隠密〉のレベルが上がりました》

 《スキル〈気配遮断〉のレベルが上がりました》

 《スキル〈恐怖耐性〉のレベルが上がりました》


 結局、私はそいつが通り過ぎるまで若干震えながら待った。

 人間を見て、襲いかかりたいって欲求が芽生えなかったのは初めてだった。

 あるのは底なしの恐怖。


 ───だけど。


 そんなヤバい奴をぶっ殺してやりたい、アイツを殺す時は最高にぶっ飛んだスリルを味わえそう──っていう感情も私の中にほんの少しだけあったというね……。

 かー、相変わらずイカれてるわ私。

 あんなんヤバすぎでしょ。

 まぁ、オーガなポチミちゃんの方がヤバい感はあったけど。


 さて、店内をぶらぶらしに行きますか。

 私は開きっぱなしになってる出入口に向かって天井を歩き、売り場の方へ出た。

 そこに広がるのは、銃撃戦の跡かよ、と思わず突っ込まずにはいられないほどに変わり果てた、無惨な商品売り場だった。

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