002:マサオ君をバリボリムシャムシャ。
壺の中の毒蟲は喰い喰われ。
また一匹、また一匹。
壺の中の毒蟲は喰い喰われ。
喜び、叫び、踊り、狂う。
壺の中の毒蟲は喰い喰われ。
最後の一匹になるその日まで────。
++++++++++
『マサオ リトルポイズネススパイダー Lv.1』
やはりこの世界はドラ〇エ仕様になってしまったらしい。
なんか見ただけで相手の情報が脳内に流れ込んでくる。
うん、すごく便利。
ペシッ
気づいてないとでも思ったか。
馬鹿正直に飛びかかってきた蜘蛛を私は尻尾で叩き落とした。
いい度胸してんなてめぇ。
26歳独身の女がどんだけ怖いのか教えてやる。
……今さらだけど、私尻尾動かせるんだ。
「キシャッ……シャ……」
あ、起き上がった。
でもだいぶダメージ受けてるっぽい。
足引きずりながら私に向かってシャーって威嚇してる。
───めーっちゃ美味しそう。
はっ!
なにこれ。
さっきからなんなのこれ!!
こんな蜘蛛を美味しそうって思うわけないじゃん!!
いくら私が独身だからって!!
……さすがにおかしい。
これはさすがにおかしいぞおい。
───でもこれは今考えることじゃない。
今私は襲われているわけだし。
健全な意味で襲われている、ね。
いや、健全であろうとなかろうと襲うのはよくないんだけど。
しかも、マサオって……。
この蜘蛛たぶん元人間じゃん……。
良かった、私だけじゃなかったんだ。
うん、なら注意して殺さないと。
知恵がある分厄介だし。
…………。
だから待てって!!
なんで殺すなんて思考になる!!
コイツは蜘蛛とはいえ元人間なんだぞ。
さすがにそこまでヤバい女になった覚えはないわ。
──ヌワッ!!
私が葛藤してることをいいことに、コイツ糸飛ばしてきやがった!
私にお尻を向けて、挙げ句の果てには糸飛ばしてきやがった!!
調子に乗りやがって。
虫が爬虫類に勝てるとでも思ってんのか?
餌なんだよ、テメェらは所詮よぉ。
よし、迷ってる暇はない。
迷ったらこっちが死ぬわ。
殺そう。
さて。
リトルポイズネススパイダー。
名前からしてやっぱ毒持ってるっぽい。
それに、私と違って『ロワー』がないのが気になる。
もしかしたら格上かもしれない。
だけど、コイツに負ける未来は全く見えない。
糸が飛んでくる。
だから避ける。
というか簡単に避けられる。
まじ余裕。
だってすごく速いんだもん私。
『蜘蛛VS蜥蜴 ベランダの攻防戦』
タイトルをつけるならこんな感じだろうか。
……馬鹿っぽ。
逆に気になるわ、このタイトル。
──なんて、ふざけたこと考えられるくらいには余裕。
運動は嫌いじゃない系の女で良かった。
んー、避けるだけなら余裕なんだけどこれじゃ埒があかないな。
糸って無尽蔵で出せるんか?
地味に糸のせいで足場も少なくなってきたし、どうしよかな。
そんなことを考えていると突然、ペッ、って感じで今度は口から毒を吐きやがったこの蜘蛛。
当然、ジャンプして余裕で避ける。
あ、でも、今のでなんとなく分かっちゃった。
コイツ、糸出せなくなったな。
「キシャ……シャ……シャ……」
うん、焦ってきたか?
ほら、もっと焦れよ。
いいなぁその目。
いたぶって、いたぶって。
それから──殺してやるよ。
…………。
もう本当に待ってくれぇぇえええ!!
私はこんなこと考える危ない女じゃない!!
さすがにキャラじゃない!!
こんな猟奇キャラじゃない!!
……はぁ。
もういいや。
疲れたしいい加減認めよう。
なんだこれちくしょう。
悔しいけどコイツを追い詰めるのが……くっそ楽しい。
あぁもう、めちゃくちゃ楽しい。
獲物を追い詰めている時のこのなんとも言えない胸の高鳴りはなに。
やみつきだわこれ。
───誰だよ私をこんな女にしたやつ。
私はどんどん接近していく、全力の速さで。
蜘蛛のマサオ君が最後の足掻きのように、ペッ、と吐いてきた毒を躱し、私はコイツの4本の足を無駄に発達した爪で削ぎ落とす。
「キシャシャッ!?」
そして通りすぎざまに尻尾で叩いて、ひっくり返す。
片側に生える4本だけの脚となった蜘蛛のマサオ君は、器用にワサワサと脚を動かしてどうにか起き上がろうとしている。
だから私は、最後の希望を絶つように残り4本の脚も爪で削ぎ落とした。
これでマサオ君はもう抵抗できない。
「キシャ……シャ、シャシャキシャ……キシャシャ、シャ、シャ……キシャキシャ……」
なんだ、命乞いしてんのか?
そうかそうだよな。
元は人間だもんな、マサオよぉ。
だけどお前が悪いんだぞ?
元はと言えば、お前が最初に襲いかかってきたんだからなぁ。
───あぁ、超美味そう。
「キシャキシャキシャシャシャー!! キシャシャキシャ!! キシャー!! キシャー!! キシ───」
最高、最高すぎ。
その怯える目最高すぎだわマサオくーん。
でももう我慢できない。
いただきます。
ガブッ。
…………。
って、何蜘蛛食べてんのよ私ー!!
バリボリ。
ムシャムシャ。
《個体名『ユウナ』のレベルが上がりました》
《新たに称号『最初の蜘蛛殺し』を獲得しました》
《カルマ値が下降しました》
《スキル〈毒爪〉のレベルが上がりました》
《スキル〈毒耐性〉のレベルが上がりました》
…………あれ、意外と。
バリボリ。
ムシャムシャ。
《個体名『ユウナ』のレベルが上がりました》
《スキル〈毒耐性〉のレベルが上がりました》
《スキル〈毒耐性〉のレベルが上がりました》
…………蜘蛛って意外と美味しいぞ。
何か聴こえるけど無視。
食事中は食事に集中するの私。
バリボリ。
ムシャムシャ。
マサオ君が美味しいのか?
んー辛い。
最高に辛いぞこの蜘蛛。
でも激辛好きの私にはたまらない。
同僚の友達には食事の時いつもタバスコかけすぎって言われて引かれてるんだけど。
あ、この辛いのってもしかして毒?
まあ、なぜか大丈夫な自信があったんだけど。
本当に大丈夫でよかった。
───ふぅ。
美味しかった。
結局全部食べちゃったよ。
満足満足。
案外お腹空いてたんだなー私。
…………。
…………。
…………。
な、ななな、何やってのよ私ぃぃいいい!!!
マサオぉぉぉおおおお!!!
ゴメンよぉぉおおお!!!
動揺、後悔、嫌悪や罪悪感といった様々な感情が波のように押し寄せる。
でも現実世界は残酷なわけで。
そんな私を待ってくれるわけはなくて。
蜘蛛のマサオ君との生存競争に勝ち、なんだかんだ安堵していた時、突然大きな影が差し掛かった。
すぐさま私は空へと目を向ける。
───ん、ちょっと待って。
なんか飛んで────。
【後書き】
普通の魔物だとあまり何も思わないかもですが、元人間な魔物をバリボリしてると思うとなんかこう、ゾクゾクするものがありませんか?
だからこの元人間な魔物って設定は地味に気に入ってます。
……はい、すみません。
作者の特殊な感性です。
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