21.自転車は友達?

 今日はJR線U駅構内にあるアイリッシュバーに来ていた。

いつも通りにギネスビールと1パイントずつと,つまみにフィッシュアンドチップスを頼む。

そのうちにサーモンのカルパッチョを頼んで,またギネスを頼むといった感じだと思う。

ふとU-Maは店内に飾られている自転車レースのポスターを見ながら話を始めた。


 五歳の時に初めて買ってもらってから,四十歳までずっと自転車に乗っていたんだ。

近所に遊びに出るとき,買い物に出るときなどは,おおよそ片道三十分程度ならいつも自転車に乗っていったものだ。

小学生の時に当時では珍しいサスペンション付きの自転車を買ってもらったときは,とても嬉しかった覚えがある。

サスペンション付きの自転車を楽しむために河原を走ったり,工事現場に行って積まれた砂山や廃材の上を走ったりして乗り回していた。


 何を目指していたわけではなかったが,曲乗りみたいなことを練習してみたり,サッカーボールを転がす練習をしてみたり,とにかく自転車に乗っていたような気がする。

そういえば,高校を選んだ時の基準も自転車通学ができるところで探したっけ?

なんだかんだと自転車に乗っていたから何度か事故にも遭った。

今でも覚えているのもいくつかあるんだが…。

と,U-Maは珍しく姿勢を正して話し始めた。


 小学生の時に暗くなってから親に買い物を頼まれて雨の中買い出しに出た。

雨が降っていたものの小降りではあったので,傘を差さずに自転車に乗って出かけたんだ。

途中の十字路で左から車が来ているのがライトが見えてわかったから,止まろうとして前輪のブレーキをかけたんだ。

ただ,ちょうどマンホールの上でブレーキを掛けたらしく,タイヤがスリップして止まれずにそのまま車のドアに衝突してしまった。

ぶつかった瞬間にハンドルを取られて胸の前を右から左へスローモーションのように通り過ぎて行ったのを俺は見た。

幸いなことに車もそんなに速度が出ていなかったので,体も車には当たらずに転んだだけで済んだ。

タイミングや体の位置が悪ければハンドルが胸に刺さったり,そのまま車に巻き込まれて命を落としていたかもしれない。


 まあ,その時の俺はそんな風に考える余裕はなかったんだが。(笑)

運転手のおじさんがすぐに出てきてくれたので,素直に謝って状況を説明した。

そのおじさんは仕方ないと許してくれた。

ぶつかったドアは見事にへこんでしまっていたので少し心苦しかった。

再度謝って逃げるように買い物に向かったのは言うまでもない。


 社会人になってからしばらく経った頃,俺はK県K市にある会社の独身寮に入っていた。

そんな中,仲の良い会社の先輩から誘われて自転車による琵琶湖一周180kmマラソンというイベントに参加することになった。

その当時はシティサイクルで近くを走り回る程度だったので,自転車を新調することにして先輩にM半島にあるK県Z市にある自転車屋を紹介してもらって一緒に見に行った。

オンロード用の自転車を見に行ったのだが,当時流行だったマウンテンバイクが気に入ってしまい,ほぼ衝動買いに近い形で買ってしまった。

先輩から車で送って行こうと申し出はあったのだが,慣らし運転もかねてZ市からK市まで四時間半ほどかけて帰った。

その後,琵琶湖一周180kmマラソン参加し,無事に九時間半で完走できた。

週末は殺陣の稽古があったので,T都S区の方まで自転車で行っていた。


 その年の年末を実家で過ごすために自転車で規制し,社員寮に戻るときにそれは起こった。

時間にして夜七時頃だったと思うが,Y市から第三京浜に入ってK市方面に走っていた。

冬にしては珍しく雨が降り始めていて,急いで帰ろうとそれなりにスピードを出していた。

道路はいうと正月でもあったせいか車もそんなに走っておらず,あと三十分もかからずに社員寮に着く見込みだった。

メーターを見ながら時速三十五キロメートルをキープしながらT駅付近を走っているときである。

突然,横道からライトを点けていないスカイラインが飛び出してきたのだ。

道路の端を走っていたのもあって,流石に避けられずにそのままスカイラインの前輪の突っ込んでしまった。

一瞬ふわっとしたかと思うと気づいた時には道路に投げ出されていた。

痛む体を起こして見てみると,ぶつかった場所から十五メートルほど飛んでいたらしく,途中に自転車が倒れているのが見えた。

運転手と助手席にいたらしい若い二人組の男性がすぐさま出てきてくれたらしく,すぐに俺を道路の端まで自転車ともども運んでくれた。


 ふと道路を見ると確かにまばらではあるものの車は走っていて目の前を横切っていく。

投げ出されたままだったら轢かれていたり,もっと大事故になる可能性もあったことに気づいて一瞬怖くなった。

そんな状態だったので,一方的に謝罪をしてくれている二人組の言っている内容はほとんど頭に入ってこなかった。


「とりあえず無事だったから大丈夫です。

 ここまで運んでくれてありがとうございます。」


と,二人組に伝えるとそのまま自転車に乗って社員寮に向かった。

思っていたほど自転車の方は大した故障もなかったが,前輪のリムが曲がってしまったようで若干走りづらかった。

ただこれくらいなら自分で調整すれば何とかなりそうだったので少し安心した。


 むしろ俺の方が酷かった。(笑)

ぶつかった後,投げ出されたときにに腰と左脚を打ったらしく鈍い痛みが続いていたし,左腕も擦り傷で血だらけだった。

幸い,雨のおかげで血だらけだった左腕の血も洗い流されていたので,少しだけ気が楽にはなった。

その後,何とか無事に社員寮には着いたものの,シャワーを浴びてすぐに床に就いてしまった。


それ以降大きな事故に巻き込まれたり,巻き込んだりはしなかったが,死にかけたことは何度かあった。

例えば,道路を走っていて大型トラックとかが横に来て並走する状態になると,風圧の関係か少しずつ引き込まれそうになるって知っているか?

まあ,よくこれまで死なずに生きてこられたと思うよ。

そういえば,事故には何度か遭ったが,骨は一度も折れたことがないのは,ちょっと自慢できることかもしれないな。(笑)


そう言って,U-Maは残っていた白身魚フライを頬張った。

確かに,と私もある意味感心していたが,口に出してはこう言った。


次はサーモンのカルパッチョでいいか?


私は手を挙げながらU-Maに伝え,店員を呼んだ。

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