20.暗闇のシャワー室
残暑もだいぶ過ぎたのにまだまだ暑い中、JR線K駅近くにある餃子の美味しい飲み屋に入った。
U-Maと私で餃子を一枚ずつとハイボールのメガジョッキを頼む。
運ばれたハイボールで乾杯し、まだまだ暑いなとうんざり顔で話すと、U-Maが涼しくなる話でもしようかと冗談めかして話し始めた。
あれは二十年くらい前の話だったと思う。当時仕事でG県T市のデータセンターに行くことが多かった。
大体月の三分の一は行っていたかな?時々夜勤での対応もしていた。
今はどうかはわからないが、近くにコンビニもなく一番近いところでも二十分ほど歩く距離だった。
そんなところにデータセンターはあった。
夜勤のときには仮眠室を借りて寝ることもあったが、大抵はチームで行くこともあって、駅前のホテルに泊まることが多かった。
ちなみにこのデータセンターは結構出るような話を良く聞かされていて、特にシャワー室は一番のスポットらしかった。
とはいえ、一泊程度ではシャワー室を使う機会はなかった。
仮眠室を使うと言っても長い時間寝るわけでもなく、さっさと寝て仕事に備えた方が効率的だったのだ。
もともとこのデータセンターは、航空機を製造していた工場を改装したものらしかったが、
敷地内の一部は墓地の上に建てたとのことで、例のシャワー室はちょうど無縁仏が建っていたところらしかった。
ある暑い夏の時期、お客様に構築したシステムを渡すことになり三日ほど泊まりで対応することになった。
普段はチームメンバーと一緒に作業をするので駅近くのホテルを取るのだが、ほとんど立ち会いだったのでそのときは俺一人での対応となった。
一人でホテルへの往復も面倒だったので仮眠室を利用することにした。
一泊であれば面倒なのもあってシャワーを浴びるのもやめていたと思うが、二泊するとなると流石にそうも言ってられず、シャワーを浴びるためにシャワー室へ向かった。
このとき、前に聞いていた話などすっかり忘れていて、まさかの体験をすることになった。
初日の立ち会いが終わってからだったので、夜十二時を少し回ったくらいだったと思う。
シャワー室に着き、中に入ってみると冷房がかかっている以上に寒い感じがした。
一応、服を脱ぐ前に中の様子を確認してみようと明かりをつけてみる。
入り口すぐが更衣スペースになっていて、右側に大きな鏡と洗面用のスペースが三人分横に並んでいる。
左側には服をおくための棚が置かれていて、ちょうど向かって奥のほうで左に折れていた。
いったん服を棚に置いて奥の様子を見ようと左手に折れるとシャワースペースが三カ所設けられていた。
正面に一カ所、左側には二カ所あるのだが、正面のところだけ異常というか、とてもイヤな違和感を覚えた。
何故なら正面の一カ所だけ明かりがついているにもかかわらず暗い、と言うより影が濃かったからだ。
それに入ってから寒いなと思ったが、この正面の一カ所から冷気が流れてきているようだった。
何かいる。
と思わせるような気配が複数、正面のシャワースペースから感じられた。
瞬時にこれは使ってはいけない。それにこの場所にも長く居てはいけない。
と思わせるには充分だった。
急いで準備をすると左側の二カ所のうち正面の一カ所から離れている方を選んで身体を洗い始めた。
シャワーを浴びている間に明かりが少しずつ暗くなり始め、奇妙な破裂音も聞こえ始めた。
ようやく身体を洗い終えて更衣スペースに戻ろうとしたとには、明かりは点滅している状態で破裂音も大きくなっていた。
戻るときに正面のシャワースペースの前で頭を下げて
「ありがとうございました」
と一声かけて戻った。すると更衣スペースに着いた途端、何事もなかったかのように明かりが戻り、破裂音もピタリと止んだ。
そういえばこの場所って、スポットって言ってたっけと服を着ながら思い出していた。
これは推測でしかないが、静かに眠っているところにシャワーで起こされるのがイヤだったのかも知れない。
次の日は使う前に
「すみませんがシャワーを使わせてもらいます」
と一言掛けてからシャワーを浴びたが昨日のようなことは起きなかった。
ただ、影が濃いのは変わらずだった。
使い終わった後もお礼を言ってから出たのだが、やり方が合っていたかどうかはわかっていない。
風の噂ではまだそのシャワー室は今でもあるらしく、スポットって噂はもなくなっていないらしい。
「どうだ、少しは涼しくなったか?」
とU-Maは無邪気そうな顔で私に問いかけてきた。私はというと
「涼しくというより薄ら寒くなった。」
と、ややしかめ面で返す。
その反応を見越していたのだろうか。
したり顔でハイボールを掲げると旨そうに飲み始めた。
「凄い体験だと思うが、お前さんは怖くなかったのかね?」
私が聞くとU-Maは笑顔で答えた。
「こんな楽しい体験を怖がっていては勿体ないだろう?」
まだまだ暑い日は続きそうだと私は思った。
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