16.河に潜むモノ

銀座線A駅近くのS川のほとりあるベンチに座ってワンカップを片手にアタリメなどの乾き物をつまみながら、目の前にあるビールの形をしたビルを肴にして飲んでいた。

時折、大小の船が目の前を横切っている。

それを見ながら、そのうち屋形船もいいよなって話をしていたら、U-Maは思い出すかのように話し始めた。


 今は引っ越しをしたから、そうそう遭遇することはなくなったんだが、以前河の近くに住んでいた時はよくあったことだ。

前にも話したと思うが、犬を飼っていて、夜に散歩に連れていくことが多かった。

犬の散歩はだいたい近くの運河の遊歩道を使っていた。

まあ、そこでの話にはなるのだが、一人で犬を連れて歩いていると季節に関係なくそれらに遭遇した。

簡単に言えば「心霊現象」ってことになるのだが…。


 さすがに最初の頃は驚いたよ。

突然河の中から男性らしい奇声が聞こえてきたと思ったら、河に飛び込む音、続いて泳いでいる音がしたからなんだが…。

それで河の方を見ると確かに水しぶきが上がっているのだが、泳いでいる人の姿は見えない。

この河、昔は船も通るほどの深さだったらしいが、今は船も通ることもなくなり深さはあまりなく、15~20cm程度でしかない。

とても人が泳げるような深さはないはずなのだが、水しぶきがそれを否定していた。

まあ、最初聞こえた奇声は続いていたから魚ではないと思う。多分だが…(笑)

それはそれとして犬の散歩中だし、と気にすることをやめてその場を後にした。

案の定、戻ってきたときには奇声も水しぶきも治まっていた。

他には男性、女性問わず人の悲鳴だったり、赤ん坊の泣き声だったりが何度か続くと、そのうち「またか」と気にしなくなっていった。


 それとは別にリアルの話だが、奇声と言いたくなるような下手な歌を口ずさみながら自転車で通り過ぎる学生や、河を根城にしている鴨や鷺などが飛び立つ音、季節によってはE河から移ってくる鯉があげる水しぶき、虫の鳴き声など、心霊現象に加えて結構賑やかな中、犬を連れて散歩していた気がする。

そう考えるとリアルだろうと心霊現象だろうと俺の中では犬の散歩中のBGMでしかなく、発信元が何であれ、同じように聞いていたってことだったんだろうと思える。


 まあ、世の中には知らないことの方が良いことって沢山あるんだからそれでいいかなと…。

それにその方が夢があって楽しめるんじゃないかと思う。


U-MaはS河を通る船が立てた波を見ながらニコリとそう締めくくった。

私にはそう言った感覚はわからないが、人間慣れるとこうまで言えるようになるのかと感心した。

見る世界が少し違うだけで、本質は私とそう変わらないのかもしれないと思ったが、口に出してはこう言った。

「近くのコンビニでAビールでも買ってくるよ。せっかくの本社前だし。ついでにつまみもな。」

そう言ってU-Maの返事を待たず私は歩きだしていた。

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