15.呼ぶモノ

最近は数も減ったが、仕事をしているときに誰かから呼ばれることがある。

まあ、仕事中に人から呼ばれること自体は珍しいことじゃないことは俺も知っている。

ただ、呼ぶ相手が相手なんだ。


 都営新宿線I駅近くの飲み屋で持つ鍋をつつきながら、日本酒の熱燗をちびちびと舐めながらU-Maが話し始めた。

私はいつも通り相槌を入れながら「相手はどんな人間なんだ」と話を促した。


 ああ、その相手ってのはその場にいない奴、つまり元人間なんだろうと思う。

私は一瞬「は?」と思ったが、おそらくその思いは顔に出ていたのだろう。

「はは」とやや乾いた笑いを浮かべると話を続け始めた。


 突然耳元で「~さん」とか「~くん」って感じで呼ばれるんだが、振り返っても誰もいない。

確かに初めの頃は周りに俺を呼んだか確認していたが、誰も決まって首を横に振る。

そのうちに俺も悟って、元人間か、それ以外かってことだろうと納得することにしたんだ。

それによくよく考えてみると、呼ばれる声が聞こえているものの、音としては認識できていないような感じだ。

要するに俺しか聞こえていないってことだな。

時々、肩を叩かれながら呼ばれることもあるが、振り返るとやはり人はいない。

ただ厄介なのは呼ばれた時に大概驚くってことだ。

特に仕事に集中している時は、余計びっくりして声をあげてしまうこともしばしば…。

何にしても何故呼ばれるのかは全然わかっていない。


 基本的に呼ばれる時はその場限りで長い時間居座ることはまずない。

長時間関わられたことがあるのは、前にも話したこともあったかな?

あの夜中の仕事の時だけだけど、その時は名前は呼ばれなかったような気がする。

だから基本的に通りがかりの御仁が気紛れに呼んでいるんだろうと勝手に思ってる。


 たまに仕事じゃない時もあるんだが…。

そう言いながらお猪口を持とうとしたU-Maがふと後ろを振り返った。

苦笑いをしながらこちらに顔を向けると、誰かに呼ばれたとお猪口を手にしながらつぶやいた。

U-Maが座っている後ろは通路だが、確かに誰も通ったり呼ぶような人はいなかった。

私は本当に呼ばれることがあるんだな、と驚きを感じながらお猪口を手にした。

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