12.肉の感触

JR線S駅近くにある焼き肉屋で紹興酒を飲みながら自主的に生レバーを食べていると、U-Maが楽しそうに話し始めた。


 昔、小学生だった頃、筆記用具と言えば鉛筆、消しゴム、ノートだったと思う。

俺が中学生になった頃にシャープペンシルが注目を浴びるようになった気がするが、小学生は今も変わらずだろうと思う。

ただ、昔と今とで違うトコロがあるとすれば、小さなナイフを筆箱に入れていていざという時に自分で削っていたことだろうか。

今は教材以外は小学校に小さなものでも刃物は持ち込み禁止だし、下手をすると鉛筆でさえ凶器にしてしまうのだから怖い世の中になったと思う。


 俺は当時、ボンナイフという文具屋で30円出せば買える小さな折り畳み式のナイフを使っていた。

値段も安いので、すぐに切れ味も悪くなるのだが、鉛筆を削る分には何の問題はなかった。

このボンナイフは新品のものには刃に油が塗られていてベタベタするだけの存在だと思っていたのだが、ふと見ていると何となく好奇心からどれほどの切れ味なのか試してみたくなったのだ。


 そう思うと買ったばかりのボンナイフを右手に持ち、何の気なしに左上に刃を振り下ろした。

サクッと音が鳴ったかと思うくらい腕に刃が食い込み、手を放してもボンナイフは立ったままだった。

そこでそのまま外せばいいものを今度はスッと刃を引きながら腕を切ってみた。

左腕の痛みはどうでもよく、腕の肉を切るときの感触がとても心地よく感じた。

そこまで力を入れた訳でなかったが、刃にはややくすんだ赤色の液体が付着していた。


切れた自分の左腕を他人事のように見ていたのだが、痛みよりもそのナイフの切れ味に感動を覚えた。

切れた箇所からは赤い筋が下側に伝って、規則的にポタポタと音を立てているかのように赤い球が床に落ちていく。

徐々に広がりつつある赤い領域は、妙に生々しく、ずっと見ていたい気分ではあったがそれも長くは続かなかった。

思っていたほど傷は深くなかったらしく、血はすぐに止まってしまったからだ。

それでも俺自身としては満足のいく結果に上機嫌だった。


特に良かったのが、刃を腕に立ててから引く時の肉が切れる感触と感覚であった。

小さなナイフであっても使い方次第でどうともなると子供心にそう感じたような気がする。

そもそも用途が間違っていることは判っていたので、そんな実験はそれきりではあったが、今でもその感触を思い出せる。

食肉を切ってみてもあの時の興奮が甦ることはなさそうだが、それはそれでよいと思っている。

ただ最近は自炊していることもあって、包丁を使う機会が増えてちょっと楽しんでいる。

特に野菜は固いものあるから切り応えがあってとても良いと思っている。

あ、俺はリストカットの趣味はないぞ。


そう楽しそうに締め括るU-Maを見て、私は普通はそういう風には考えないし、思ってもやらないだろうと思った。

もしかしたらU-Maはとんでもないサイコ野郎(笑)なのかもと一瞬頭をよぎったが、そこで思考を停止させることにした。

今目の前で話を聞いている限りはそんなことはしないだろうと思ったし、変に勘繰る方が良くないと思ったからだが、果たしてこの判断が正しいかったのかは結果を見てから考えようと思う。

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