10.騒がしい某

夏の暑い中、今日はU-Maとチョイ飲みをしようかとJR線H駅にやってきた。

お互い一杯目に日本酒を頼むとやや落ち着いたのか、U-Maはおもむろに話し始めた。


20年位前のある夏の夜のことだ。

当時JR南武線M駅近辺にあるビルで、システムエンジニアとして客先常駐で仕事をしていた時だ。

担当していた業務も佳境に入り、残業の多い毎日であった。

その日はたまたま同僚もすべて帰り、自分だけが残っていた。

まぁ、徹夜作業を覚悟していたので、ゆっくりと腰を据えて仕事に臨んでいた。

その現場は自宅から遠く、片道に2時間半ほどかけて通っていたので、22時を回りいよいよ帰れなくなった実感が湧くと逆に気持ちにも余裕が出てきていた。

とりあえず出来るところまで資料を作ってから休もうかと思って資料の作成を続けた。


日付も変わり、0時を回った頃、すでに執務室には誰もいない状況で、自分の周りだけ明かりがついている状態だった。

ふと一息つき、改めて周りを見て苦笑いを浮かべると、まあ資料作成しようかと思った途端ソレは訪れた。

耳元でクスクスと女性と思われる笑い声が聞こえたのだ。

以前からこのフロアは出るといった話を聞いていたし、実際のところ、夕方の逢魔が時の時間帯に何度か肩を叩かれたり、耳元で名前を呼ばれたりしていたので、またかといった感じで仕事に専念することにした。


恐らく彼女(便宜上彼女としておく)は近くにいるのだろう。

座っている近くで足音がパタパタと聞こえるし、明らかに笑って声が聞こえるからだった。

足音が近づくと俺の肩を叩いたり、足を引っ張ったりしながら彼女は遊んでいるように思えた。

気にせずに仕事を続けていると、ドサッと大きな音を立てて書類が落ちたような音がした。

かなり大きな音だったので、びっくりして音のした方に目を向けたが、書類は落ちておらず彼女の悪戯のようだった。


そんな状態で2時を回った頃、無事に資料が出来上がったので一息ついた。

相変わらず俺の近くでパタパタと足音がしていたので、思い切って声をかけた。

「仕事が終わったからそろそろ寝ようと思うんだけど、静かにしてくれないかな。」

少しして耳元で

「はーい、おやすみ」

と、告げると今度は北側にある柱に向かってパタパタと足音が遠ざかって行った。

何とはなしに音のする方を見ていたのだが、柱のあたりで彼女はボーッと姿を現すと、一度こちらを振り返り、そのまま柱へと消えていった。

真っ白なワンピースを着てロングでストレートの髪型をしていたが、顔はよくわからなかった。

その後、彼女の言った通り静かになり、目の前のPCのファンの音だけが聞こえていた。

そのまま机に突っ伏すと眠りについた。


特にお願いはしたつもりはなかったのだが、7時過ぎにバンと背中を叩かれ目が覚めた。

これも彼女の気まぐれなのかと思い、眠い目をこすりながら洗面所に向かった。

その後、朝食を買いに行って、そのまま次の日も仕事を続けたのだ。

その現場にいる間は何度か同じようなことがあったが、今はどうしているんだろうな。


ちょうど運ばれてきた日本酒を受け取りながら、U-Maはこう締め括った。


顔がよくわからなくて良かったと思う。何故かって?

そりゃ、霊の顔を見て楽しい想像が出来るやつは、そうそういないだろうからさ。


私は確かにそうだと思いながら、肴の軟骨唐揚げを口に放り込んだ。

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