9.一瞬のドラマ
この話を聞いたときに,さすがの私も引いてしまった内容だった。
U-Maの話を聞かされて耐性が出来てきている私でさえ,ほろ酔い気分だった状態が一気に醒めたくらいである。
彼が何故このような人物になったのかは語ろうとしないが,あえて聞く必要はないと思っている。
約25年前,会社の社員寮に入っていた頃,K県K市K区とすべて「か」で始まる地域に住んでいた。
週末は社員寮の部屋でひたすらRPG,SLGといったTVゲームをやっているか,京急線K駅付近のゲームセンターに行って対戦格闘ゲームか音楽ゲームをやっているかのどちらかだった。
ちょうどその頃,声優を目指して週一回の養成学校に通い始めていたと思う。
K駅までは専ら自転車で行っていた。
当時,憧れてもいないシステムエンジニアとなり,仕事が忙しくて帰りにはバスが終わっていることが多かったからだ。
K駅までは自転車でも10~15分程度で着けたので,よほど天気が悪くない限りは自転車を使っていた。
その日は日曜だったので,午後から養成学校の授業を受けるために都内にある教室まで行く予定だった。
京急線K駅付近の駐輪場に自転車を停めてJR線K駅に向かおうと信号を待っていると,ソレは突然起きた。
隣に立っていたご老体が視界の横目に入ったかと思うと,道を渡り始めたのだ。
あっという間に横合いから走ってきた市営バスに巻き込まれていった。
クラクションを鳴らす暇すらなかったように思えた。
飛び込み自殺には見えず,ただ渡ろうとしていたようだったが,真実はすでに判ろうはずもない。
判ったことは,ただ俺の目の前で人がバスに轢かれたということだけだった。
バスは急ブレーキで止まったのだがすでに数十メートル進んでいたため,時すでに遅く,タイヤの跡と人だったらしいモノが残っているだけだった。
変に止めようとしたら俺も巻き込まれていたと思うが,認識して動く前に結果は出てしまっていた。
胸はドキドキしていたが,とりあえず周りの混乱に巻き込まれる前にさっそとその場を離れて養成所に向かった。
さすがに人に話す気にはなれなかった。
その時に思ったのは人の死とは自分自身の意思とは無関係に訪れ得るモノなのだと…。
この胸のドキドキは目の前で人が死んだ瞬間を見たことに対して興奮しているのではないか。
人に話さないのはこの感じている興奮を独り占めしたいと考えている自分がいるからではないか。
ただ自分でも呆れたが,所詮は他人事なのだから問題ないと済ませてしまうあたりだったろう。
人間としてどうかとも思ったが,いつも通りに振舞うことはできた。
今でもあの時のドキドキは忘れていないし,これからも覚えていると思う。
実質的な時間にしても,ものの十数秒程度だったと思うが,確かにそこにドラマがあった。
ほんのわずかな時間に凝縮され繰り広げられたドラマが…。
誰もが意図しなくても突然そのドラマの主役になることができるのだ。
人の死を目の当たりにしてそんな風に考えてしまう俺はおそらく怪物ではないかと思っている。
もうだいぶ時間は経っていると思うが,あの時の光景が目に焼き付いている。
まあ,自分ではそんな主役にはなりたくないが,かと言って病を患って長い間死と向き合うのもゴメンだがね。
と,私に見せた笑顔に何となく恐怖を覚えた。
何が怖かったのかはわからないが,本能的に何かを感じたのかもしれない。
ただ友人をやめようとは思わない私自身,何かがおかしいのかも知れないなと思った。
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