8.今,考えてみると…

JR線U駅近くのもつ焼き屋DでU-Maと私は日本酒を飲みながらモツの煮込みを食べていた。ふと思い出したように彼は話し始めた。


 あれは高校三年生の時のことだ。

当時,中学校からの友人であるYの紹介で小田急線Z駅近くにあるフランス料理店で皿洗いと料理の仕込みをするアルバイトをしていた。

アルバイト料は当時としてもとても安い500円ではあったが,Yの紹介でもあるし,料理に若干の興味はあったのでしばらく続けていた。


 そんなある日,22時過ぎに閉店後,帰りはいつも通りYと一緒に小田急線Z駅から来た電車に乗った。

途中Y駅で相鉄線に乗り換えてK駅まで行き,そこから家に帰るのだ。

少しでも早く帰るためにC駅で急行に乗り換えたが,乗った車両に俺たち二人だけしか客はいなかった。

確か前から三両目だったと思う。それぞれゆったりと椅子に座って他愛のない話をしながらいると,突然電車の警笛が鳴り響き,座っていても倒れてしまうほどの急ブレーキの後,ドンという衝撃音が続き,ガタガタと何かを踏んでいるような感覚の後,少しして電車が止まった。

丁度,通過駅であるK駅を通り過ぎた直後だった。

しばらくして車内放送があり,人身事故のために一旦K駅に戻って停車することが告げられた。

少しして,バックでK駅まで戻ると停車した。

当然かのように何が起きたのかを俺たちは知りたいと思った。

車内放送でも人身事故のためにしばらく停車すると繰り返しているが,幸いなことにK駅に戻った後,ドアは開いている。


何気なくYに目配せをして二人で駅のホームに降りると,先頭車両の方に向かって歩き始めた。

顔をなでる風が少し肌寒く感じる。

今は小田急線の車両は銀色でアルミっぽい車体に青い線が入っているものが多いが,当時はほぼ白に近いクリーム色に青い線が入っている車両であった。

ほどなくして先頭車両に着き,運転席を見たが誰もいなかった。

何故こうなったのかは想像はついている。

通過しようとする急行電車に向かって誰かがホームから飛び込んだ。


それ以外は考えられない。


想像通り,いやそれ以上に先頭車両の前面部の白い部分はほとんど赤に染まっていた,窓にも容赦なく赤いしみが広がっている。

よく見るとところどころにピンクを基調とした肉片がこびりついていた。

真っ白なキャンバスに無造作に塗りたくったような,絵の具を垂らしたような赤とピンクと白のコントラスト,そんな感覚が頭をよぎった。

戻ってきたであろう線路を見ると飛び込んだ人のものであったろう肉体の一部,衣服の切れ端などが点々と続いていた。

恐らく普段であれば,見ることもないだろうし,見ることもできなかったかもしれない。

そんな光景が目の前にあり,Yと俺の二人はしばらく立ち尽くしていた。

不意に駅員からそこから離れるようにと声をかけられ,元の車両に戻ったが,気分がおかしくなっていたのか二人とも別れるまで何も喋らなかった。

それからパトカーや,救急車などが来てとても賑やかになり,1時間は電車内で待たされたが,それらが去った後は何事もなかったのように通常に動き出した。

今思うと,その時に見たリアルの肉片や,おびただしい血が,死というものに対しての俺の中の何かを壊したのかも知れなかった。


 それ以降,特に社会人になってからは,見る映像に関する趣味が変わった。

それは人の「死」に関する映像,写真を見ることで気持ちが和むようになったのだ。

丁度インターネットの普及も始まり,収集することも容易になったことも拍車をかける要因ではあったと思う。

1980年代に公開された映画「食人族」や1990年代に公開された映画「死霊のはらわた」は俺にとって毎年必ず見る映画となった。

その後,少なくとも二十年以上はそんな感じが続いたと思う。

ただ自分でも不思議なのは,普段からプレイヤーでありたいと思っているのに,この件に関してはギャラリーでよいと考えていて,かろうじてではあるが正しいことであると思っている。


と,同意を求める目で見られたものの,私としては苦笑いしか出なかった。

ただ一言「お前さんがそれでいいならいいんじゃないか?」とだけ呟いたが,回りの喧騒がそれをかき消してしまったようで,U-Maは不思議な顔をして私を見ていた。

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