7.そんな認識はなかったけど
とあるスーパー銭湯内の露天風呂に勝手に持ち込んだ酒を飲みながら,冬を前にした秋の空をU-Maと担当していた時のことだ。ふと彼は空を見上げながら話し始めた。
20年位前,関東でも大雪となった冬にあった話だ。
前日から降り続いた雪は止み,その日はとても晴れた日だった。
ただし,雪が降っていたせいか,晴れているにも関わらず,とてもとても寒い日だった。
50年近く生きているが,この日ほど寒いと思える日はないくらいの寒さだったと思う。
その日は同じ市内に住む友人Sと会う約束をしていたので,朝から支度をして自転車に乗って出かけた。
しばらく走ってみて,自転車で来たのは失敗だったと思った。
何故なら歩道の雪は人があまり歩いていないせいか,ほとんど雪も残っており,加えて凍ってる個所も多く,タイヤを取られる始末。
思うように走ることができなかったからだ。
途中までは頑張って来たものの,すでに引き返すのも面倒な距離まで来ていたので,帰りには雪が解けていることを期待して,降りて自転車を押して行くことにした。
その途中の出来事となる。
ふと歩いていると人が倒れているのが見えた。
俺が住んでいるK市K区のあたりは,当時浮浪者が多く道端で寝ている酔っ払いなど見慣れたものであった。
なので,こんな寒い日に外で寝ているなんてかなりの強者だと思った。
かと言って関わるのは面倒なので,そのまま横を通り過ぎることにした。
倒れているのは男性のようだった。
チラリと横目で見ながら通り過ぎようとしたのだが,その変な格好に立ち止まって見てしまった。
電柱にもたれかかるようにうつ伏せに倒れている。
ただし,ズボンを途中まで下した状態で半分尻が出ているのだ。
どうやら,夜に用を足そうとしてそのまま寝入ってしまったのだろうと勝手に想像をした。
しかしまあ,間抜けな格好である。
俺は「好きにしろ」と心の中で思いながらその場を離れ先を急いだ。
現実として,立ち止まっていると寒くて仕方がなかったのだ。
その後Sと会い,ゲームなどをして遊び始めると倒れていた男性のことはすっかり忘れていた。
午後を過ぎたころSには用事があったため,その場はお開きとなり,俺は家路についた。
帰りがけにどこかの店に入って少し遅めの昼食を摂ろうかと考えながら,まだ凍った歩道を歩いていた。
しばらく歩くとパトカーと救急車が停まっていて,やや人だかりもできている。
面倒くさいので何気なく横目で見ながら通り過ぎようとしていた時,地面にかけられたブルーシートを見てはっと思いだした。
現実は俺の認識と違っていたようだ。
そう,間抜けな男が酔って寝ていたのではなく,実はすでに死んでいたのであった。
それが判ったところで面白くも何ともなく事実を受け入れるに留まった。
いや,むしろ面倒なことに巻き込まれなくてよかったと安堵している自分がいた。
ただ「ふーん」で終わっただけだった。
ある意味,俺自身不思議な感覚を味わったと思う。
何の面識もない人が倒れていても何もしようとせず,事実が判ったところで何の感情も湧かない。
人として何かが欠落している…そんな感覚。
ふと俺は現実に生きている生物なのか,何かの生物が見ている夢なのか,一瞬判らなくなった自分にやや興味を覚えた。
現在,その死んでいた彼の顔さえ思い出せないが,まったく困っていない自分はあまり変わったようには思えない。
これも勝手に持ち込んだ盆の上にお猪口を置いて背伸びをするU-Maを見て,わが友人ながらどんどん得体の知れないものに変貌しているように感じる私は,ふと自分自身を顧みずにはいられなかった。
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