5.Wの奇跡
U-Maは色々と変な経歴を持っているようだった。
彼は以前から役者をやっていたらしく,その時にあったエピソードとして聞かせてもらった。
今から約二十年くらい前の出来事で,当時自分が所属していた演劇団体で二回目の舞台公演の時にあったことだ。
当時,俺は年に一本以上,舞台に出演していたのだが,別の団体の演劇ユニットTで出演させてもらった台本を使って二回目の公演を行うことになっていた。
この話の前にWの話をしなければならない。
Wは演劇ユニットTの初回公演の時に初めて会った。
俺はその時の演出だったSさんに呼ばれて参加することになったのだが,Wは応募で採用された役者だった。
彼の芝居に対する情熱は人一倍あり,そんな彼にほだされたのか,よく一緒に飲みにっては芝居について熱く語ったものだった。
無事に初回公演も終わり,翌年第二回公演を催すことになった。
演出を通っている殺陣教室のN先生が受けることとなり,幸運にも俺に出演の声がかかった。
この時,初回公演にも出演した役者が半数ほど出演が決まり,その中にWもいた。
また共演できることに喜んだことは言うまでもなかった。
Wは配役の中でどうしてもやりたい役があり,そのための努力を惜しまなかった。
そして何回かの稽古のあと,配役発表ではWは見事に演じたい役に選ばれたのであった。
配役も決定し,本稽古に入った頃,Wは稽古に来なかった。
何らかの病気で検査入院したとのことだったが,すぐに戻ってくると聞いたので安心していた。
公演まで残り二か月となった時,Wが出演できなくなったとの通達があった。
配役が一部見直され,稽古は進んでいった。
そして公演一か月前になった時,実はWが白血病で亡くなったとの知らせを受けた。
その知らせを聞いて,とても驚いたし,落ち込んで悲しんだ。
とはいえ,公演の本番は待ってくれない。
せめてWが安心して逝けるように頑張ろうと,新たに決意して稽古に臨んだ。
結果として大きな問題もなく幕は上がり,無事に幕は下りた。
出演者それぞれの思惑はまちまちだったと思うが,俺としてはWの冥福を祈らずにはいられなかった。
さて話を戻すが,ある意味曰く付きの台本を使っての公演となったのではないだろうか。
俺はかつてのWを思い出さない訳がなかった。
最初に出演した時とは別の役ではあったが,先輩が演じていた時のことを思い出しながら自分だったらと役を作っていった。
演出の指示により,終盤まで面をかぶることになり,普段より声を出さないと客席の後ろまで届かないなど,役作りとは別の課題に取り組んでいた。
あっという間に稽古期間も終わり,公演も間近に迫り,JR総武線のA駅近くにある小屋入りも完了した。
舞台監督のSさんと舞台作りをしながら、本番に向けて気持ちを高めていった。
あとは本番を迎えるだけとなったのだが,その小屋は幽霊が出るといった噂が立つ小屋だった。
芝居小屋はそういった話は普通で、何かしらそういった話は必ずと言っていいほどついてくる。
恐らくだが役者の出入りが激しいので,人の持つ想念が溜まりやすいのだろうと思う。
確かに暗い影のようなものを感じたり,誰かに見られている気配はあったが,特に害もなさそうだったので,気にしないようにして誰にも話すこともしなかった。
いざ本番も始まり,客入りもそこそこに順調に進んで最終日を迎えた。
最終公演で後輩のOが緊張のために出トチリになりそうになった時に奇跡は起きたらしかった。
誰かに肩をたたかれた後「今だよ」と背中を押されたお陰で舞台に出られたと,公演終了後に泣きながら話をしてくれた。
その話を聞いた瞬間,Wが助けてくれたのだと確信した。
芝居を観に来てくれたのだと胸が熱くなって,この公演に出られてよかったと嬉しくなった。
最終公演も無事に終わり,一つの祭りが終わった雰囲気を味わっていた。
自分で感じた訳ではなかったが,Oにはそのことを話し,一緒にWがいるであろう方向に向かって感謝の気持ちを投げた。
この時ばかりは,生きていても死んでいても仲間は良いと思った。
と,嬉しそうに空の方を仰ぎながら,U-Maはつぶやいた。
私もその話を聞いて,何となく良い話だと思いながら同じように空を仰いだ。
ふと見えた満月が見事だった。
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