3.エレベーターに居た誰か

これは,U-Maと何度目かの食事,いや飲み会かに行った時に聞いた話である。

一瞬ブルッとからだを震わせると,その時を思い出すかのように話し始めた。


 5年以上前の冬のことだ。

母が養父と離婚を機に引っ越すことになった。

普段は東京都を挟んで別の県にいる俺は手伝うことはできなかったが…。

とりあえず,不動産屋のキャンペーンとかで,予想よりも安い値段でマンションを借りられることになったらしい。

電話口で話す母はとても嬉しそうだったことを覚えている。

その話を聞いてからしばらく経ったある日,仕事の都合で近くまで行くことになったので,挨拶がてら新しい家に行ってみようかと思った。

その日は週末で明日は休みだし,良かったら泊まらせてもらおうかなどと勝手なことを考えながら母の家に向かった。


 最寄りである小田急線S駅に着いてから,一緒に住んでいる弟に電話をし,迎えに来てもらった。

仕事帰りで直接向かったため,途中のコンビニエンスストアで手土産を買ってから向かうことにする。

ちなみに弟は母が心配だから一緒に住むことにしたそうだが,我が弟ながら凄いと思う。

俺はというと,心配する気すらないのだから…。(笑)

手土産を買ってから向かうつもりなので,マンションのある場所を聞き,弟には先に帰ってもらうことにした。

さすがに弟の見ている前で手土産を買うわけにはいかなかったからだ。

早速手土産に箱入りの煎餅と飲み物を何本か買い,聞いたマンションへ向かった。

そのマンションは,買い物をしたコンビニエンスストアからそう遠くなく,歩いて数分もしないうちに着いたには着いた。

しかし,まず入り口の雰囲気が不味かったのだ。


 まだ時間は早めとはいえ,冬の夜の早く,暗くなる時間帯にはなっているので,暗いのは仕方がないにしても空気が重かった。

独特の空気というか,端的に言って重く暗い空気だった。

また,冬のさなかとは言え,人が住んでいるとは思えないくらいの冷気が漂っていた。

圧倒されてなかなか足が進まなかったのだが,ここまで来て帰るのも忍びないので,意を決して中へ入っていった。

目的の部屋は3階と聞いているので,エレベーターを使って上がることにした。

というより,他に上に行く手段もなかったのだが…。(笑)

階段は下り専用で上からしか来られないように,一方通行になっているようだったからだ。

電灯が点いているのにとても暗い入り口からすぐのところにエレベーターはあった。

だが,どうやら冷気はエレベーターから流れてきているようだった。

目の前に立つとやけに寒い。

先に帰った弟が降りたであろう3階にエレベーターは止まっているので,ボタンを押すと下り始めたようだった。

ただ1階に着くまでに10秒以上かけて下りてきたエレベーターの扉が音を立てて開く。

周りがとても暗いせいか,エレベーター内の灯りがやけにまぶしく感じた。

エレベーターの中から改めて冷気が流れてくる。


やはり何かがいた。


 目には見えていないが,箱の奥の隅に立って,こちらを伺っている気配がしたからだ。

上に行くしかないので「失礼します」と言いながらエレベーター内に入り3階のボタンを押す。

ほどなく扉は音を立てて閉まり,エレベーターはゆっくりと動き始めた。

何事もなく(とはいえ下りて来る時の倍くらいの時間はかかったが)3階に着き,扉が開いたので「失礼しました」と言って外に出た。

エレベーターの扉が閉まるのを待ってから部屋に向かおうとした瞬間,音を立てて再び扉が開いた。

改めて「ありがとうございました」とお辞儀をすると,音もなく再び扉は閉まった。


 ようやく解放感を得て,母と弟のいる部屋に着いた。

手土産を渡しながらエレベーターであった一連の話をしたが,鼻で笑われただけだった。

今までそんなことは一度もないと…。

むしろ変なことを言って脅かすなと怒られたくらいだった。

ただ,母たちには申し訳ないが,とてもではないが泊まり気が失せてしまったので,挨拶もそこそこに帰ることにした。

帰りはエレベーターを使わずに非常階段を使って帰ったことは母たちには秘密である。

そして,エレベーターの前を通った時,何もしていないのに音もなく扉が開いたことも同じく秘密である。


 そんなことがあってから何年か後,母の誕生日に合わせて再び訪れたのだが,以前とは違って何も感じなくなっていた。

多分,どこかに逝ったか,成仏したのではないか。

と,目の前のモツの煮込みを食べながら笑顔で彼は言った。

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