1.黒い固まり

これは,U-Maと初めてとあるオフラインミーティングで会った時に聞いた話である。

彼は他の人と違い独特な雰囲気を醸し出していたが,今となっては勇気を出して話しかけてみてよかったと思う。彼の話し方は淡々としているが,それだけに真実味のある話だったと思う。


 あれは,何年か前の夏の深夜だった。といっても23時を回ったあたりだと思う。

仲の良い会社の同僚Mと電話で会話をしている最中にそれは現れた。

最寄駅で降りた後,Mへ電話をかけ,自宅近くの運河沿いの土手下に作られた遊歩道を歩きながら,ゲームの話に花を咲かせていた時だった。

家に帰るためには途中で浮き橋を渡り向こう岸へ渡る必要がある。

普段なら道路沿いに橋を渡ってから自宅に向かうのだが,電話中だったため,住宅の少ない遊歩道に足を向けただけのことだった。


 浮き橋まで約50メートルくらいのあたりで「ソレ」は視界に入ってきた。

俺から見ると浮き橋を挟んでおおよそ同じくらい離れた河の上に黒い球状の固まりが宙に浮いているではないか。

どうやらその固まりはフワフワと浮き橋の方に向かって進んでいるようだった。

すぐさまMにその固まりのことを伝え,実況することにした。


 固まりの方はというと,俺に気付いていないのか,そんな感覚すらないのか,橋の向かって近付いてきている。

ちょうど自分が歩いている速さと同じくらいのようだった。

俺が浮き橋に近付くと,固まりも同じ速さで浮き橋に近付く。

何やらそれが楽しくなり,Mに電話で伝えながら浮き橋に向かうと,やはり黒い固まりも近付いてくる。


 よく見ると黒い固まりの大きさは最初見た時100メートルくらい離れていても判るくらいだったが,改めて近付くにつれてその大きさが大人の灰色熊くらいに大きく圧倒された。

ふと気が付くと運河沿いの遊歩道を歩いていて虫の鳴き声がしていたはずなのに,今は虫の鳴き声は止んでおり,辺りはシンとしていて,Mに電話で話しかけている声だけが響いている状態だった。

あと10メートルも歩けば浮き橋に着く。

間近で見られる嬉しさのあまり走り出すと一気に浮き橋までたどり着いた。

ちょうど浮き橋の中央まで進み,その黒い固まりをよく見ようと待ち構えた。

もちろんMとの電話はつなげたままで興奮しながら黒い固まりの方を見る。

その大きさに圧倒されてはいるものの,興奮している俺にはそんなものはお構いなしだ。

もうあと少しで手が届くくらいまで迫ったとたん黒い固まりに変化が起きた。


 球状の形をしていた固まりが突然真っ黒な人型に形を変えた。

そして手を伸ばして触ろうとする俺から逃げるかのように,今辿ってきた河の上を走るような格好で行ってしまった。

固まりが変形してから走り去るまでホンの束の間の出来事だった。

呆気に取られているところにMの声で現実に引き戻された。


M「固まりはどうなったの?」

U「橋の手前で人型になって走って行っちゃったよ。」

M「ええっ,何それー。」

U「だよな。俺もよくわからん。」


それ以降見たことはないが,あの固まりは一体何だったのか。

今も判らずにいる。


そう言いながら,彼は目の前にあったレモンサワーを一気に煽った。

彼の空になったジョッキグラスを見ながら,自分の分と合わせて追加注文しようと思った。

私はやや彼の話を反芻し,心の中で,いや直接彼に「コンゴトモ ヨロシク」と伝えていた。

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