2-4 西端の家族
ベアトリーチェは、日が沈み暗くなってから、帰宅した。オルティス西部の、森の中を切り開いて作られた、小さな村だった。村民たちは早くも眠りにつき、明かりの灯る家はなかった。彼女の家も、例に違わなかった。
「ただいま」
ベアトリーチェは、そっと自宅の扉を開け、こそこそと家に入った。
「どうだったの」
家の奥から、冷たい声が突き刺す。
「いつもと、同じだよ。お母さん」
「はあ……使えないわね」
「でも、何とか生活はできてるじゃない。少ないのは、わかるけど」
「だめ。全然だめ」
ベアトリーチェの母親は、彼女の稼ぎが少ないことを、不満に感じていた。市場で彼女の作ったものは、それなりに売れていた。少なくとも隣にいるエルドよりは稼いでいたはずである。
「母さんの言うとおりだぞ」
父親も歩み寄り、母親に同調する。両親共に、娘ほど鮮烈な色ではないが、赤髪の類だ。
「あなたは忌み子なの。普通では意味がないのよ」
「強い力を持って生まれたかと思いきや、ろくに役立つものでもない。細かな物を作るのが得意だとか、気配を感じ取るのが上手いだとか、そういう力を求めていたわけじゃないんだ」
「治癒ができれば医者に、移動ができれば運び屋に、燃料を生み出せるのであればその売り手に、あなたの力は容量だけ多いくせ、そのように使えるものではない」
「戦いの心得があるのなら兵団にでも、と思ったが、国の警備はリベリカルテスターとアリステッド王子の率いる兵団に一任されている。お前の頭の鈍さや、性別が女だということをかんがみても、門前払いされるだろう」
貧しい村の生活に耐えられない両親は、娘に無理な願望を押し付け続けた。ベアトリーチェは、黙ってそれを聞くことしかできなかった。仕事をして帰ってくる際に、決まって言われる内容だった。正直、聞き飽きている。
そして、いつものように、最も嫌う言葉を締めに投げかけられる。
「あなたなんて、生まれなければよかったのに」
私は、役に立たない。必要と、されていないのだ。
「どうして、よりによって、人を喰らい尽くす赤の魔物、カリアティードの力なんかを備えて生まれた」
ベアトリーチェの持つ力は。魔物カリアティードという、伝承に登場する凶悪な魔物の力であった。彼女の真っ赤な髪は、その力を示すものである。
「強い力を持って生まれたのなら、役に立つ力が良かったのに。魔法なんていくらでもあるというのに、どうしてこんな期待外れなことを」
「あなたがそんな力を持って生まれたせいで、村の皆から忌々しいと見放されたこと、絶対に許さないから」
彼女の暮らす村は、伝承への信仰が特に篤い者たちが多かった。そのため、恐ろしい魔物の先祖返りである彼女と、彼女を産んだ両親を忌み嫌った。外に出れば石を投げつけ、罵声を浴びせた。彼女の家の生業はごく小さな牧場の経営で、動物を育てていた。その動物を勝手に殺して食べたり、いたぶったりする者もいた。
ベアトリーチェはその姿を見つけるたびに、怒って侵入者たちを追い出していた。その彼女に暴力を振るう者もいたが、彼女は耐え忍んだ。
両親は、そうではなかった。彼女が幼いころは、両親ともに現在のベアトリーチェのような行動をとっていた。しかし、ベアトリーチェが物心ついた時には疲弊し、娘に対し酷く当たるようになっていた。
どうせ強い力を持っているのなら、連中を見返してやればいい。そう思ったのに、彼女の力ではどうにもならない。魔法使いの世界で、強い力を持って生まれることは恵まれていることだというのに。
これなら、何も持たない子として生まれたほうが、幸せだったのに。
ベアトリーチェは、両親に手ひどく扱われながらも、彼らの奥底にあるその想いをくみ取っていた。だから、抵抗はしなかった。両親に言い返すことはしなかった。
だって、そう思うのがきっと普通なんだから。私がこんな力を持って生きていることが、悪いのだから。
両親はベアトリーチェへのうっぷん晴らしを終え、ちいさな動物の肉を焼き、食らい始めた。ベアトリーチェは自分の場所へ向かった。牧場の動物たちが眠る、今にも壊れそうな小屋だ。
――うさぎが一匹いない。
先ほどの肉は、と考えた。口の中に何かが込み上げてくる。家族に、家族を奪われた。ベアトリーチェは突っ伏し、ひたすらに息を飲む。羊、ロバ、うさぎが彼女を心配し、そばに集まってきた。
「ごめんね、ありがと」
ベアトリーチェは笑顔を作った。一匹ずつ頭をなでてやった。ぐう、と彼女のお腹が鳴った。すっかり晩ごはんを忘れてしまう所だった。小屋の端に置いた棚から、硬くなった小さなパンを一枚取り出す。腐ってはいないので、食べられると判断した。そして、真っ赤な木いちごのジャムをほんの少し、塗った。彼女の一番の好物だった。
小さな口で端をかじると、カリッと音がする。けして、焼き立てのパンが鳴らす音ではない。けれど、彼女にとってはそれと変わらないものだと感じる。ジャムのない部分の味は、それはそれでシンプルなものでよい。小麦の味が直に伝わってくるようだった。ジャムのある部分に差し掛かると、今まで以上にゆっくりと、その甘酸っぱさを堪能してほおばる。本当はもっと勢いよく食べてみたい。けれど、そんな余裕はない。だから、舌に刻み付ける。
暖かな森でのびのびと育った木いちごなのだろう。きっとリスも、小鳥も、こういう実を選んでつまむのだろう。それをめいっぱい詰め込んだような、幸せな味がする。
朝ごはんのような晩ごはんを終え、彼女は積みわらのベッドに身を投げ出した。動物たちはみな、彼女に寄り添う。彼女は身体を丸め、眠りにつこうとする。
今日の昼にあった出来事を、思い返していた。
「いいなあ、リベテスちゃんは。私と違って、とっても綺麗な魔力を持っていた。白くて、澄んだ、何物にも染まらない力。でも、私は」
ベアトリーチェはうずくまり、動物たちから顔を背けた。自分のこんな顔、大切な家族に見せたくない。
「私が、こんな魔物の力じゃなくて、もっと、綺麗な力を持って生まれていたら、ひょっとして、あの子の隣に、立てたのかな」
緑色の大きな瞳は強く揺らぐ。
「お父さんとお母さんも、動物さんたちも……幸せになれたのかな」
小さな声は、明かりの無い小屋の闇に吸い込まれ、消えて行った。彼女は、暖かい感触にしがみつきながら、深い眠りの中に落ちた。
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