2-3 北端の家族
エルドは、木製の机を囲んで、両親と夕食を食べている。今日の市場で買ってきた材料で作った、白いシチューだ。
「んまー、おいしいわね。エルド。さすがはうちの息子。材料選びも料理の腕もばっちり」
「魔法苦手だとか言ってるけど、本当は料理をおいしくする魔法とか使ってるんじゃないだろうな? 父さんたちに隠さなくてもいいんだぞ」
「そんな雑な魔法ないだろー。たぶん。比喩で言うことはあるけどさぁ」
決して十分に明るいとは言えない明かりの元、三人の家族はシチューをほおばりながら、愉快な会話を繰り広げる。シチューのまろやかな匂いと、明るい笑顔で、小さなそのリビングは一杯になっていた。
「そういえば、家の前まで来てたあの子は誰だったの」
エルドの母親が興味津々にたずねる。良からぬことを考えている笑みだとエルドはすぐに気づいた。
「リベリカルテスターだよ。命を懸けて国を守ってくれてる」
「ええっ」
「ええっ」
両親の驚いた声が、見事に共鳴した。
「そんなすごい役目の魔法使いとお前が仲良くなるなんで、父さんは鼻が高い」
「でも、あんな真っ黒な髪。この国の人にはとても見えなかったわ。どうしてこの国にいるのでしょうね」
「あまり考えたくはないが、きっとこの国にいい印象はないだろうに。私たちを守ってくれているだなんて」
「……あいつには聞かないようにしてたけど、そう、だよな」
今現在、この世界にはオルティスの他に国は存在しない。そして、オルティスに属していない民族は滅びてしまった。一昔前、世界全体を巻き込んだ戦争では、魔法の技術が最も進歩していたオルティスが、一瞬たりとも追随を許すことなく、他国を圧倒し、滅ぼした。植民地として支配下に置くこともせず、無に返してしまったのである。
オルティスという国の民族が強いからではない。オルティスの王族とその周囲が、魔法において、特に戦闘における魔法に関して、圧倒的な力を有していたのだ。国民のみで言えば、他の国と何ら変わりはない。戦いに適した魔法を得意とする者はそういないし、魔力が格段に強い者ばかり生まれる民族でもない。
戦時中、オルティスの国民は、何事もなく平和に過ごしていたという。国の領土を守る強固な結界により、他国の侵攻を一切許さなかった。国民の中には、戦争を良しとしない者も多かったが、王族が国民を害することは少ない上、反抗を決意したところで、とても渡り合えるものでもない。だから、異を唱える者はいなかった。
いたかもしれないが、瞬く間に消されてしまうだろう。
それは、このエルドの家も例外ではなかった。だから、異なる民族のリベリカルテスターはもちろん、他国の者たちに対し、いたたまれない気持ちを抱くことしかできなかった。
「でもあいつは、オレの事、危険な目に遭いながら助けてくれた。だから、向こうがどう思っているかは分からないけど……あいつが自分から離れない限りは、仲良くしてやりたいと思ってる」
エルドは、真剣な面持ちで言った。
「エルド、お前は優しいなぁ」
父は、息子の頭に手を置き、髪をくしゃくしゃと触った。
「うちの子として元気に育ってくれただけで嬉しかったけど、そんな風に誰かを思ってあげられる素晴らしい人になってくれて、さらに嬉しいわ」
「もう、親馬鹿だなあ」
エルドの父と母は、息子のことをとても可愛がっていた。とっくに成人していたとしても、それは変わらなかった。嫌なものではないのだが、彼は気恥ずかしく思っていた。
「父さんは、リベリカルテスターさんについて気になっていたことがあるんだが」
「別にそんなに詳しく知らないぞ。あいつのこと。で、何」
「あの……ちょっと、その、いかがわしい衣装してるの、なんでかなーって」
「まー、父さん。おやじギャグでは済まされないわよ。気持ち悪っ」
エルドの母は、失礼な事を言う旦那をひっぱたいた。かなりの力が込められた音が鳴り響いた。
「でも、母さんも気になっちゃってたの。特に、あの胸の周りのベルトとか、何の意味があるのかしらね。痛そうだもの」
「ううん……」
ずっと目を逸らしてきたが、やはり誰もが妙に思うものであった。ほとんど彼女の側にいたエルドは、意識的に見ないようにはしていたものの、あの意匠では限界がある。
「オルティスに決められてる……のかな。よく知らないけど」
「ということは、魔力を高める衣装だったりするんだろうか。ほら、戦うんだったら身につけるものも強力じゃないといけないだろう」
父親は気を取り直し、変に真面目な考察を行う。
「でも、それだったら鎧の方がいいんじゃないのかしら。あの形状にすることで、何か効果があるとか? 私たちは魔法の道に明るくないから、分からないわ」
「うーん、気になるけど」
少し考えこんだ後、エルドは恥ずかしそうに口を開く。
「あの、そんな変なこと、やっぱり聞けないから……迷宮入りで」
両親は、そうだよね、と言わんばかりに納得した。
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