ERAZER ──薄氷の花傘──〈前編〉

姫乃 只紫

第一章 氷柱少女

01『この夜を終わらせない』

 いつも通り日を跨いだ頃に家を出た。

 あっちの夜は月が煌々こうこうと輝いていたけど、こっちの夜に月はなくて──。

 見えるのは絵具を何重にも厚塗りして作ったような、ひどく現実味のない空だけ。

 こっちのほうが、動き回るには都合がいい。

 深夜、街灯すらない田舎道で月明かりだけっていうのは危なっかしい。

 まだ──家に閉じ込められているのだろう。

 あの頃と変わらない。にぎやかなあの足音が何よりの証拠。

 何度も部屋の前を行ったり来たり、階段を上がり降りしたりする、あの足音。

 聞いているだけで、ただただ切なくて、苦しくて、やりきれなくなる。

 あれは、きっと私にしか聞こえていない。

 それは──。

 信頼されているから?

 責められているから?

 わからない。

 でも、あのの望みはわかっている。

 そして、その望みを叶える方法も。

 だから、一刻も早く見つけなくちゃいけない。

 あの娘のために。

 あの娘を自由にするために。

「あいつだけは、生かしておかない」

 たとえ刺し違えたとしても──。

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