第33話 ある勇者の結末

 ハスィンの東部側の陣地で、俺が各指揮官に今後の展望と対応について確認していた俺は、投降してきた有象無象共の中に、特異な存在を確認したという報告を受けた。


 名前と職業を聞いた瞬間、俺は即座にその人物を連行してくるように伝令へと命令を下した。


 なにせ、その女はコロネと名乗り、勇者を自称していたというのだから・・・。





 指揮官達と待つこと三分程。手錠と足枷でドレスアップして、そいつは現れた。


 俺の顔を見るなり、一言。


「なっ!?お前生きて・・・!?いや、なんでここにいるのさ!?」


 あまりにも驚いた為か、はたまたキャラを変えたのか、口調からエキセントリックさがなくなっている。・・・いや、戦闘でハイになった時だけあの口調になる可能性もあるか。


「女!投稿してきた身分でありながら、無礼であろう!このお方は、魔王様の側近にして、我らの参謀であらせられるツボミ殿だぞ!」


 ぎゃあぎゃあと喚き立てるコロネに、指揮官の一人がぴしゃりと言い放った。途端、コロネの顔から表情が抜け落ち、真顔になる。おそらく、予想外の情報が飛び込んできて、思考回路がショートしたのだろう。


 そのまま、まばたきだけを無意味に繰り返しながら、硬直すること数十秒。先ほどまでの剣幕が嘘のように、おずおずと問いを投げ始めた。


「お前が、魔軍の、参謀・・・?」


「ああ。お前にこっぴどくやられた後、魔王に拾われてな。成り行きでこうなった。後悔はしていない」


「ざっけんな!」


 俺の回答に、再び激昂するコロネ。


「お前、勇者なんだろう!?そんなやつが魔王と組んでていいのかよ!?」


「その勇者を、用済みとして切り捨てたのは人間側なわけだが?そもそも、同じ勇者の俺を殺そうとしたお前が、どの口でそれを言う!」


 こちらも、コロネの言い草にカチンと来てヒートアップしてしまう。


「あたしは、そうするようにあの少将のジジイに頼まれただけだ!」


「ここへきて責任転嫁か?勇者ってのは、突き詰めれば正義の味方だろう。常に自分が守るべきだと思ったモノを守り、戦うべきだと思うものと戦う。自分の頭と心で、正しいと思う道を選んで、それを貫き通すのが勇者だと、俺は思う。他人に言われるがまま、その力をふるうお前は勇者失格だ」


「なら、今のお前のどこに正義があるってんだよ!悪である魔族に手を貸し、同じ人間の抹殺を指揮するんてよ!」


「言ったはずだ。俺は自分が正しいと思ったことをやっていると。魔族が必ず悪である道理はない。この世界の魔王と魔族は、人間にいいように利用されかけただけの被害者だ!正義はこいつらにこそあると、俺は確信している」


 俺の反論を聞いて、指揮官たちが同意の雄叫びを上げる。コロネはそれにちょっと怯みつつも、なお弁舌を振るう。


「それは、何の罪もない人までも手にかけることの理由にはならねえはずだ!」


「ああ、そうかもな」


「っ!?」


 主張を認めたのが意外だったのか、驚いた表情をされる。


「なら、今のお前は何だ?」


 そう反問すると、表情が徐々に焦りへと変化していった。溢れだした感情を、なおもぶつける。


「魔族に投降してきたのは、結局のところ、己の身が大事だからだろうが!そんなお前に、俺を断罪する権利なぞない!」


「・・・っ」


 反論材料がないらしく、黙りこくるコロネ。こちらは、まだ口を閉じるつもりはない。


「俺のやってることがエゴまみれなんてのは承知の上だ。罪なき市民までも虐殺することが間違いだともわかっているさ」


「だったら・・・!」


「だが、魔族と人間の共存など不可能だ。どちらも、互いを憎む理由は十分すぎるほどに持っている。たとえ住み分けなどを行ったとしても、いずれまた争いが起こるのは必定。ならば、俺はいっそ魔族にこの大陸を統一させる道を選ぶ!」


「それで、ゆくゆくは他の大陸までそのを伸ばすのかよ?」


「そこまでは考えていない。俺はただ、魔族の安住の地を作ってやりたいだけだ。元の世界に帰れないのなら、この大陸くらいはこいつらに与えてやってもいいだろう。魔族だけの楽園としてな」


 俺の初めて明かす本心に、指揮官たちがざわめく。おそらく、他の大陸には手を出さないというのが意外だったのだろう。実は、既に魔王の同意は得ている。俺が協力するのは、この大陸の統一と、その後の防衛のみ。それ以上勢力を広げるのであれば、それには助力はしない、と。


 魔王の返答は一言のみ、『それだけでも充分すぎるくらいだ。感謝する』だ。





「・・・そうかい。ちっ」


 コロネは、反論の代わりに舌打ちを一つ。次に発した言葉は意外なものだった。


「ならあんた、あたしの実力を買ってくれないかい」


「・・・それは、俺の下で魔王軍に協力するということか」


「そうだ。実力ではあたしのほうが上だってのに、立場はまるで逆ってのが癪だが、まあ我慢してやる。ハスィンの馬鹿共との決着がついたら、今度はこの大陸全土を防衛しなくちゃならないんだろう?頼れる戦力は多いほうがいいと思うがね」


「なるほど、道理ではあるな」


「なら、決まりってことで---」


「却下だ」


「なんでだよ!?」


「それがわからないようなお前だから、却下と言った」


 今の俺が嫌うのは、私利私欲にまみれた人間。つまりはハスィンに引き籠る身分だけは立派な豚共や、今のお前のことだと、ここまでの会話で示したつもりだったのだが、どうやら通じていなかったらしい。あるいは、自分のことは無意識に棚上げしているのか。


「い、今までのことなら全面的に謝る!この通り!あたしを拾ってくれるなら、お前・・・いや、貴方に忠誠を尽くす!身も心も捧げる!ほ、ほら、あたしまだ二十歳になったばかりだし。若くてイイ女だと思わないか?そんな女を好きにできるんだから---」


「もういい、黙れ。これ以上は不愉快だ」


 あまりの醜態に耐え切れず、強制的に黙らせる。続いて、後ろに控える指揮官達に手振りと短い一言で指示を出す。


「やれ」


 次の瞬間には、指揮官達の持つ得物がコロネへといくつも突き刺さった。


 コロネの首がカクンと落ちる。死んだと思われた次の瞬間、しかしその頭は再び持ち上がる。


「あたしだけ死ねるか!お前も---!」


 後に続くはずだった言葉は、想像がついた。”道連れ”か、あるいはそれに近い意味を持つものだろう。


 俺の腹に突き刺さっている氷柱の槍が、その証拠だ。どうやら最後の力を振り絞って、自然術で作り出したものらしい。





 そんなことを呑気に考えていると、喉へと血が上がってきたので、たまらず吐血した。


 立っているのもままならず、前へと倒れこむ。隣で、一足早く息絶えていたコロネの表情は、”ざまあみろ”と言いたげだった。


 背後で指揮官たちが慌てふためいている様に、何故だか妙におかしさを覚えて微笑を浮かべる。





『・・・因果応報、あるいは天罰ってやつかねぇ。勇者失格な俺達にとっては、これが結末なのかもしれないな---』





 そんな思考を最期に、俺の意識は闇に堕ちた。これまでとは違い、二度と覚めることのないであろう闇に・・・。

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