第30話 仕上げを御覧じろ




「軍師殿、敵が現れました。情報通りの、冒険者の集団に間違いありません!」


「来たか。数は?」


「百を少し超える程度とのことです」


「想定通りの数だな。もう少し多くても良かったが。・・・配置は?」


「後方遮断担当の部隊は、予定箇所へ移動中。他は完了」


「よし、こちらの偵察は勘づかれていないな?」


「今のところ、敵の行軍に変化なしとのことです」


「結構。予定通りに事を運んでくれ。不測の事態があれば随時指示するから、有翼の伝令を何名か俺につけてくれるか」


「承知。我が隊より三名ほど割きましょう。では、私も隊の指揮へ戻ります」


「ご苦労。独断で仕掛けるなと、他の指揮官にも念押しを」


「はっ!」


 翼を生やした九尾の狐の姿をした指揮官は、一礼して地を駆けていった。(飛行して敵に見つかるリスクを避けるため)





「さて、細工は流々。仕上げと行こうか」


 現在俺がいるのは、魔軍に制圧され廃墟と化した都市の一つ。その高台にそびえる城の三階にある部屋のうちの一つ。市街を一望できる窓のある、かつて寝室だったらしい一室だ。


 作戦の大枠としては、敵の一団を廃墟が織りなす市街地へと引き込み、三百の軍勢で包囲殲滅するというシンプルなものだ。包囲するための戦力は、市街地ではなく周囲の森や湖に伏せてある。


 市街地の各所に仕込んだ、悪戯染みた仕掛けに冒険者たちが気を取られている間に、包囲網を構築。タイミングを合わせて包囲の輪を一挙に縮める。


 もっと小細工を仕込もうかとも考えたが、作戦はシンプルな方が失敗が少ないと聞く。





 段取りをもう一度頭で確認している間に、冒険者の一行が廃墟街へと足を踏み入れ始める。小数を外に残し、退路を確保させるつもりのようだ。建物で視界が遮られる市街地とは違い、外の連中なら包囲網を構築する様子を見ることができる。当然、すぐに市街地の仲間に知らせようとするだろう。


 しかし、十人程度なら問題はないので、放置する。





 そちらは放っておいて、市街地の冒険者の様子を観察する。


 数人でパーティを組み、不意打ちを警戒しながら建物の内部を調べているらしい。


 と、散らばっていた各パーティが、ある廃屋に集結し始める。予定通りに。


 なにせ、その廃屋の壁には、俺が一文を刻んでおいたからだ。


『城の地下 秘密 探せ』と。


 冒険者には好奇心が強い者が多い。危険を冒してでも、未知を求めるために冒険者になるというパターンが多い為だ。モンスターとの戦いを求める者や、生計を立てるために仕方なくといった者もいるが、冒険がしたいから冒険者になるという者が半数以上だろう。


 そんな彼らにとって、その一文はさぞかし好奇心を刺激されるだろう。





 案の定、半数以上がこの城への移動を開始し、数分後には城内へ進入。地下への入り口を発見すると、大半の冒険者は、我先にと二度と上がれない階段を下っていった。そうしなかった数人は、一塊になって一階を探索、続いて二階へと上がってくる。


 そのタイミングで、自然術を使って風を城内に吹かせる。設定した合図だ。


 三階各所から足音と羽音が鳴り響き、続いて二階から悲鳴が上がり、すぐに静かになる。


 三階に伏せていた戦力が、二階の冒険者たちの制圧に成功したのだろう。


 また、数体の上級魔族は地下への入り口へと直行し、口から暗色の気体を地下へと吐き出す。


 気体の正体は、毒霧。屋外での戦闘では、敵の顔に直接吹きかけない限りさして効力を発揮しないそれも、空気が循環しにくい地下なら別。徐々に地下全てへと浸透し、冒険者たちの体の自由を奪い、やがて死をもたらすことだろう。


 万が一、死に物狂いで脱出を図ろうとする冒険者がいた場合は、二階を制圧した戦力がそのまま対処に当たる。





 それら手際を確認した後、再び風の自然術を行使する。今度は屋内ではなく、屋外に。城の尖塔に立っている旗のうち、二つを風でなびかせる。こちらは、包囲を担当する部隊への合図だ。


 ほどなく、街へ向かって魔族達が四方から駆け出して来る。


 退路確保を担当していたパーティがそれに気付き、慌てて元来た方へと逃げ出していく。街へと伝令を出してすらいない。


 まあ、逃げ道などないのだが。彼らが元来た方角へは、冒頭でのやり取りにあった後方遮断担当の部隊が展開済だ。飛行可能な魔族の隊も組み込んであるから、一人たりと逃がさないはずだ。





 やがて、殺到した魔族達は、小隊単位でまとまって市街地に残る冒険者の殲滅を開始する。


 上空には、有翼の魔族が十数体展開し、市街地からの脱出を試みる冒険者を逃がさず狩り殺していく。


 オークの咆哮やゴブリンの甲高い鳴き声が眼下から響き、時折それらに人間の怒号と悲鳴が混ざる。





 その様を窓から眺めていると、城内を担当していた指揮官が悠然と部屋へと入ってきた。


 ハブに似た蛇の頭に、筋肉の発達した肉体を備えた異形の姿をしている。腕と脚、首の部分に蛇のそれに近い鱗がある。リザードマンならぬスネークマンとでも言ったところか。蛇の頭よりも、ボディービルダーじみた肉体の方の主張が激しく、存在自体にシュールさを感じさせる。


「二階の冒険者は二人を残し、いずれも死亡。残る二人については、昏倒したところに麻酔毒を注入しましたので、丸一日は意識を取り戻さないかと」


 そう報告しておもむろに口を開け、自慢らしい毒の牙を強調してくる。


 もっとも、俺の視線はそちらよりも、分厚い大胸筋の方に吸い寄せられていくのだが。


「報告ご苦労。タイミングは任せるから、地下のマヌケ共の始末も頼む。若い女性と男性から、それぞれ数人を捕虜として、残りは処分しろ。しっかりと死亡を確認し、万が一にも生存者を出さないよう徹底してくれ」


「仰せのままに!」


 一礼し、筋肉達磨の蛇頭は退出して行く。





「・・・やれやれ。死んだら地獄行きは確定だな」


 再び、眼下に広がる殲滅戦の様子に目をやり、自嘲の笑いを浮かべながらそう呟く。





 その後、想定外のトラブルなどもなくなまま、冒険者一行の殲滅は完了した。

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