第26話 ・・・羨ましいと思うなら変わってやるぞ?
「どうしたもんかねえ」
魔王に謁見し、ペソリカと三人で夕食を取った後、俺は寝かされていた部屋へと戻ってきていた。
ちなみに夕食は、普通の人間にも食べられるものが供された。ちなみに、魔族は食事を必要としないらしいが、口と味覚を持つ魔族であれば、娯楽としての食事は行うらしい。そのおかげで、俺もまともな食事にありつけたというわけだ。
食事の席で聞いた話では、この城には今20体程度の魔族しか常駐していないらしい。それも、戦闘に向いている者は5体ほどで、残りは文官か世話役なのだとか。
腕の立つ魔族は、ほとんどが前線に張り付いていて、ここには最低限とすら言えない戦力が残るのみだという。市街地の廃墟には、少数の部隊が駐屯しているが、こちらは近隣の哨戒が主らしい。
そして、その哨戒部隊の隊長を務めているのがペソリカだという。普段の飄々とした振る舞いからは、到底想像できない。
夕食を用意してくれたのは、世話役の魔族のうちの一体。世話役は食事や掃除、城内の設備維持業務などを行っているとペソリカから聞いた。今も、扉の外に一人が控えているはずだ。見張り兼、世話役としてだ。
姿は、黒豹が二足歩行しているのをイメージしてもらえば、ほぼ相違ないだろう。身のこなしはこちらより上だろうが、魔術を使えば倒せるかといったところだろう。寡黙ながら、言葉による意思疎通はできたため、ちゃんと知性もある。
ベッドで寝がえりを打ちながら、魔王の提案について考える。側近となり、世界征服と人間の殲滅を行う。同族殺しや殺人について、嫌悪感や忌避感はない。コロネを初めとして、息の根を止めてやりたい顔がいくつも浮かぶ。元凶であるキプキスやコロネに、一泡吹かせてやりたいという気持ちもある。それだけを考えるなら、誘いに乗るのが得策だろう。
では、決断を妨げている要因は何か。もちろん、一般常識や倫理から生まれる良心や正義感などではない。一つは、自分が勇者のはしくれだということ。ジュデンの生き様を思い返すと、勇者の肩書を持つ俺が魔王に与するのは、彼や他のまともな勇者に対しての裏切りになる。それが、どうにも心に引っかかって離れなかった。
もう一つは、俺の契約内容だ。俺は、人々を助けることにより名声と信仰を得ることを、化身に課されている。あの化身に恩を感じたり、好感を覚えたりはしていないが、契約は契約だ。約束した以上、守ってやるべきではあるだろう。強制されたのではなく、自分で納得して結んだのだから尚更だ。
そんな葛藤を抱えながらベッドの上を転がっているうちに、いつの間にか俺は眠りに落ちていた。
「・・・んぁ・・・?」
夜中に目が覚めた。どうやら雲は晴れたらしく、窓から柔らかな月明かりが差し込んでいる。
そのままもう一度眠ってしまおうと眼を閉じたところで、窓とは反対側に希薄ながら気配を感じた。
「誰かいるのか?」
誰何しながら上体を起こし、気配の方を見る。そこには、ナイトドレスを身に纏った女性が、月明かりを浴びながら立っていた。
・・・というか、ペソリカだった。正装して静かにしていると、月明かりという舞台装置も相まって、上品どころか静謐さすら感じられる。
「こんな時間にどうした」
そう訊ねてはみたが、何をしに来たのかは薄々察していた。
予想に違わず、ドレスを床へと脱ぎ落して下着姿になるペソリカ。
艶のある笑みを浮かべた口から、鋭い犬歯が見える。吸い取られるのは血か、それとも精か。・・・いや、両方だろう。
ゆっくりと近寄ってくるペソリカを見ながら、心の中では新たな葛藤が生まれる。
すなわち、欲求のままに彼女に身を委ねるか。それとも、相手が吸血鬼かつ淫魔だというリスクを考えて、拒むという理性的判断を下すのか。
逡巡した時間は十秒に満たなかった。かろうじて勝ったのは・・・理性だった。
「すまん!」
そう詫びながら、シーツをペソリカへ被せるように投げる。そうして視界を塞いだ上で、俺はドアを開いて廊下へと飛び出した。
『まてぇっ!!頑張っていい雰囲気を作ったのに、どうしてさーーー!』
背後から、キャラ作りをやめたらしいペソリカが追いかけてくる気配がする。
そのまま一晩、俺は鬼ごっこにかくれんぼという、子供の遊戯を堪能する羽目になった。
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