第25話 勇者の敵、魔王の敵

 ペソリカに手を引っ張られたまま、いくつかの角を曲がり、階段を上がった。


 辿りついたのは、とある大扉の前。雰囲気からすると、恐らく玉座の間だろう。


 意外だったのは、近衛兵の類がいないことだった。というか、ここに来るまでに誰ともすれ違っていない。





「この中だよ」


 軽く言って、扉に手をかけるペソリカ。そのまま、恭しく扉を開く・・・はずもなく、扉を壊しかねないほどの勢いで押し開ける。擬音をつけるなら、まさにバァン!!という感じだろう。


 部屋の中は、思ったよりもシンプルだった。ワインレッドを基調としつつ、ところどころに白が見られる内装。思っていたよりも広くなく、貴族の執務室といった趣の部屋だった。


 その奥には、装飾の施された椅子と、不釣り合いなほど簡素な木の机。


 そして、椅子に腰かける人の形をした何か。見た目だけなら、背筋を伸ばした綺麗な姿勢で腰かけている、眼鏡をかけた男性。しかし、雰囲気が尋常ではない。彼がそこに居るだけで、部屋の重力が増し、周囲の室温が下がっているように感じられるほどの、緊張感と圧迫感、あるいは存在感。


 本能的に、自分が劣等種であると自覚させられてしまう。心構えや気構えなどでは、抗うこともできない、絶対的存在。間違いないだろう、こいつが邪王だ。





「やっはー、リューゴ。相変わらず引きこもってばかりだねえ」


 そんな尋常ではない相手に、軽口を叩くペソリカ。こいつの精神も、尋常ではない。


「ペソリカ、もうノックをしろなどと無駄なことは言わないから、せめて扉はゆっくり開け」


 対する邪王は、諦めの境地といった表情で応対している。発している雰囲気はともかく、中身は案外親しみやすいのかもしれない。


「で、急に何の用だ?お前がまともな報告謎上げてくるはずもなし、何か面白い事でも・・・」


 とまで発音したところで、眼光が俺へと向く。視線に害意はなく、倦怠感のみが漂っていたが、それでも緊張で体が強張ってしまう。いや、竦んでしまったという方が適切だろう。


「なるほど、そいつか。たしかに、興味深い存在だな」


 そう言うと、邪王は椅子から腰を上げ、俺の元へと歩み寄ってくる。


 咄嗟に身構えようとするが身体が動かず、ただ見つめることしかできない。


「・・・ふむ?さてはお前、この世界の人間ではないな?纏っているオーラが、全くと言っていいほど違う」


 早速、隠しておきたかった秘密が一つバレた。


「人間たちが異世界からの召喚でも行ったか。とすると、お前は勇者や救世主の類ということになるが、相違ないかな?」


 というか、あっという間に素性が完全にバレていた。


「まあ、本来ならそうなりたかったんだが、いろいろ事情があってな」


「ほむ?興味深いな。その事情とやら、一通り話してみろ」


 鋭い眼光はそのままに、口元だけで笑って邪王が詳細説明を求めてくる。嘘をつく、誤魔化すと言った発想すら許されず、自身が勇者というには力不足であることと、都市での出来事について吐露する。





「・・・そうか。それはまた災難だったな」


 俺の長い話を、遮ることなく静かに聞き終えた邪王が、最初に発した一言がそれだった。まさか、邪王などという存在に、同情されるとは思わなかった。


「仮にも勇者と称する者が、そのような扱いを受けるとはな。やはり、この世界の人間は根絶やしにするべきか」


 続いて、物騒な発言が飛び出す。ただの身の上話が、人類抹殺のトリガーになるなどと誰が思うだろうか。


 ところで、今の発言に気になった点があったため、恐る恐る訊ねてみる。


「失礼して質問を。”やはり”と仰られましたが、以前に人間と何かあったのですか?」


 無視されるかとも思ったが、逆に質問が返ってきた。


「それを説明する前に、お前は私が何者かわかるか?」


「市民や軍が噂していた、邪王と称される存在ではないかと愚考しますが」


「あー、そんなに堅苦しい話し方はいらん。もうちょっと気楽に話していいぞ。そして、その考えは限りなくアタリに近いハズレだ」


 では、いったい何者なのかと問おうとしたが、先に回答が示された。


「私は、ティンクスという名の人間に呼び出され、儀式によって無理やりに精神と肉体を融合させられた魔王だ」


 邪王どころか、魔王だったらしい。勇者の肩書を持つ俺にとっては、本来宿敵となるべき相手だ。現状で挑みかかっても、勝ち目は見えやしないが。


「あの浅ましき男は、私の力を取り込んでこの世界を支配しようとしていたらしい。無理やり別世界から呼び出された挙句、そんな身勝手に協力させられる羽目になった私の気持ちは、お前ならわかってくれると思うが?」


 自分と似たような境遇に、少し親近感と憐憫が湧いた。というか、勇者だけでなく魔王も召喚対象になるとは、皮肉な事だ。もしかしたら、どこかの異世界では、互いに召喚された魔王と勇者が代理戦争でもしているのだろうか。


「ええ、よくわかります。俺も、勝手に異世界に呼びつけられた挙句に、一方的に当てにされた経験は多いので」


「理解してもらえて嬉しい限りだ。この心情を共有できる者など、いないと思っていたので尚更にな」


 少し、プレッシャーが弱まった気がする。魔王が気を許してくれたということだろうか。あるいは、俺が彼(?)に対して仲間意識を抱いた為か。





「まあ、それが気に食わなかった私は、時間をかけてこいつの精神と肉体を侵食し、ついには完全に掌握したというわけだ。元々の奴の心は、もう残っていない」


 そして、めでたく邪王から魔王へとクラスアップしたということなのだろう。返り咲いたと言う方が正しそうだが。


「そして、私は元の世界へ戻る方法を模索したが見つけることはできなかった。そこで、以前いた世界の代わりに、この世界を支配してやろうと行動しているわけだ」


 事実だけを見るなら、魔王の軍勢による世界征服だ。裏事情を知った今となっては、憂さ晴らしを発端とした逆襲という、哀愁を覚える理由があるのだが。間違っているのは俺じゃない!世界の方だ!を地で行く様は、共感できてしまう。


 しかし、召喚された魔王、勇者共に扱いが酷い異世界。いっそ、シュールでいいセンスをしていると言えるかもしれない。巻き込まれた当事者はたまったものではないが。





 その後、しばらくペソリカを放置したまま、二人で愚痴の零し合いが続く。酒が手元にあったら、二人とも悪酔いしていること請け合いだ。きっと、酔い潰れるまで延々と語って喚いて嘆いていたに違いない。


 そうして、数十分の時間が流れ、会話がふと途切れた後。魔王が唐突に、ある提案をしてきた。





「なあ、勇者よ。いっそ、私の側近とならないか?共に人間を駆逐し、世界を支配しようじゃないか」





 RPGであれば即座に断ってしかるべきな甘い誘いであったが、互いに身の上話を交換した今となっては、すぐに決断することができなかった。

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