第24話 唐突なエンカウント

 目が覚めた。


 知らない天井が見えた。





 軋む体をどうにか起こし、どうやら悪運強く生きているらしいと自嘲気味に笑う。


 体の傷は塞がっているようだが、鎌鼬のせいで服はスリットまみれになっていた。





 さて、ここはいったい何処だろうか。分かるのは、ここが室内であること、そしてやたらと内装が豪華であることくらい。貴族か何かの屋敷だろうか。


 真っ先に思いつく可能性としては、ハスィンとは別の都市あるいは国の近隣まで飛ばされて、偶然拾われたというものだ。


 やたらと高さのあるベッドから身を起こして立ち上がる。そうして、ふとすぐ傍に、カーテンを下ろした窓があるのに気づく。





 街の風景でも見てみようかと、カーテンを開く。空は雲が厚く、陽の光は入ってこなかった。


 視線を下に向けると、異様な光景が見えた。





 どうやら、この屋敷(?)は高所に立っているらしく、街の様子が一望できた。


 眼下の家は全てが木製で、通りに沿って整然と並んでいる。本来なら、さぞ美しい街並みだと言えたに違いない。


 素直にそう言えないのは、それら建物が全て廃墟の如き有様だったからだ。


 屋根は穴が空いているか、あるいは完全に崩れ落ちているかの二択。壁にも穴が空き、木材が腐食しているものも多い。


 通りの石畳は、所々小さなクレーターのような凹みがあり、ひびが入っている。砕けて地面がむき出しになっている部分も散見され、斑のようだ。


 他の窓からも外を確認してみるが、光景は同じ。これぞゴーストタウンの完成形に違いないと言い切れるほどで、ただただ不気味さだけが感じられた。





 どうやら、状況は想像していたほど楽観できるものではないらしい。


 とりあえず、何があっても対応できるように準備をしようとして、ふとリュックがないことに気付いた。


 墜落した時までは確かに背負っていたため、俺をここまで運んだ者が預かっていると思うべきだろう。


 ちなみに、リュックに物を入れることは誰でもできるが、取り出すことは俺にしかできないため、防犯面は大丈夫だ。





 体内の魔力は完全に回復している。これなら多少の荒事には対処できるだろう。


 優先すべきは、より現状を把握するための情報収集だと結論付け、外へ出ようとドアノブに手を触れた。





 その瞬間、バチッと火花が散って手が弾かれた。


 そのままの勢いで後ろへ倒れ、尻餅をついてしまう。手を確認してみるが、少し痺れがある程度で、焼けたり焦げたりしているということはなかった。


 何かの術式だろうかとドアを見つめていると、突然ノブが回され、ギィと音を立てながら扉が開いた。





 目の前に立っているのは、上下ともに暗色の薄着を纏った女だった。


 人間の女ではない。頭頂部には、短くも鋭い角が二本。肌の色は紫と黒を混ぜたような色。そして極め付けには、蛇のような鱗を持つ尻尾が生えている。どう考えても人外だ。


 見た目からして暗い雰囲気を纏ったそいつは、開口一番、


「よっ、お目覚めかいアンノウン」


 と軽い口調で腰に手を当てて話しかけてきた。おまけに、ウインクまで飛ばしてくる。


 客観的に見れば、充分な装備もなしに魔物とエンカウントしたという危機的な状況なのだが、場に緊張感がなさ過ぎて危機感が湧いてこない。





 我に返り、敵意を喚起しようと試みる。しかし、対面している相手が無邪気な笑みを浮かべているだけなため、どうもうまくいかない。


 せめて、このまま相手のペースに飲まれはしまいと、口を開く。


「あんた、魔族か?」


「うん、付け加えるなら、種族としては吸血鬼と淫魔のハーフだよ」


 その手のゲームの攻略対象かよ!と、悠長に心の中でツッコミを入れる。


「序列としては、二級魔族だよ。威厳はないかもしれないけど、そこそこ偉いのさ!」


 よくわからない補足は聞き流すとして、質問を続ける。


「ここは、魔族の収める街か?」


「今はそうだね。かつて人間が収めていた頃は、コロリアって名前だったらしいよ。便宜的に、私たちもそう呼んでる」


 人差し指を一本立てて、得意げに説明する女悪魔。


 さらに質問を重ねようとしたが、今度は先手を取られた。


「さて、こちらも聞きたいことがあるんだけど・・・ともかくまずは名前を教えて?私はペソリカだよ」


 語尾に音符マークを付けたくなるような口調で、ペソリカとやらが名乗った。ハーフとはいえ、淫魔を名乗るには若干ボリューム不足な胸に右手を当て、またも得意げに胸を反らしている。正直、威厳がないどころかアホの子にしか見えない。とはいえ、向こうが名乗ったのにこちらが名乗り返さないのは失礼だろうと、自身の名を告げる。


 敵である魔族相手に失礼も何もないだろう!と心の中の自分がツッコミを入れてくるのを、表面上友好に接することで、相手に敵意や害意を持たせないためだ!と頭の中の自分が言い聞かせて撃退する。





「ふぅん、なんだか珍しい名前だね」


 そう言って、ペソリカはくすくす笑った。お前に言われたくないとツッコみたかったが、異世界のましてや悪魔相手にそれは無粋だろうと自重する。


「君を運んできたのはあたしの部下達なんだけど、どうして君はあんなところに倒れていたのかな?まさか、行き倒れなんて言わないよね?」


 顔を覗き込んで、次の問いを発してくるペソリカ。答え辛い質問だなと思いながら、顔を背ける。


 一瞬、ペソリカが笑顔を引っ込め、おや?という顔をしたのが横目に見えた。


「ま、色々あってな」


 事実を述べるわけにはいかず、そう誤魔化す。


「ここへ担ぎ込まれたときにはボロボロだったけど、私たちが指揮する魔物に襲われたわけじゃないんでしょ?とすると、はぐれの魔物や獰猛な動物に襲われた、あるいは人間同士の諍いが原因ということになるはずだけど?」


 アホなように見えて、ちゃんと思考能力はあるらしい。どう返すか迷ったが、事実に即した回答をしておく。


「人間との諍いの方だ」


「ふぅん。もうこの辺りには人は寄り付かないと思っていたけど、それは早合点だったかな。巡回の数を増やしたほうがいいのかも?」


 腕を組んで、思案している様子を見せるペソリカ。質問が途切れたため、今度はこちらのターンだと勝手に決めて、問いを投げることにする。


「運んでくれたというが、どうして俺を?」


「うん?もし軍の人だったら、拷問でもして情報を吐かせようと思ったんだけど、見た感じそうは見えないしね。とりあえず、どんな人間か個人的にも興味が湧いたから、ワガママ言ってこの城に連れ込んだの」


 どうやらここは城だったらしい。嫌な予想が膨らんでいくが、とりあえず問うのは別のこと。


「この後、俺をどうする?拷問されるくらいなら、知ってることは全て話すが」


 とりあえず、身の安全を図るためにそんな提案をしてみると、キョトンとした表情を返された。


「人間なのに、同じ人間を売るの?」


「我ながら最低な言い草だが、今は我が身大事だ。そんな綺麗事なんて知ったこっちゃないし、なんならここの人間に同族意識なんてものも持ち合わせていない」


 本心からの言葉だ。キプキスから受けた扱いを思い出すと、守ってやる価値なんて、これっぽっちもないと思えてしまう。勇者にあるまじき振る舞いだと批判されるだろうが、本心だから仕方ない。





 俺の本音を聞いたペソリカは、二、三度瞬きした後、立ったままお腹を抱えて笑い始めた。


「にゃは、にゃははは!変わった人だなぁ、君は。魔族を前にしてなお、妙に平然としているかと思ったら、人間は嫌いだ!なんて。にゃはは!」


 人間が嫌いとまで言ってはいないが、とりあえず反論はしないでおく。そして、その笑い方はキャラ作りなのか、それとも素なのか。・・・直感だが、後者だろう。


「にゃはは、はは!・・・はぁふぅ。うん、私ね、君の事気に入ったよ。人間と暮らすのが嫌なら、いっそこのまま私のモノにならない?」


 唇を妖艶に舐めながら、不意打ちに爆弾を投下してくるペソリカ。それこそ、その手のゲームの主人公なら飛びつくのかもしれないが、実際にそう言われてみると、疑念の方が先に浮かんだ。


「魅力的な申し出だけど、とりあえずは保留にさせてくれ。俺は誰のものでもなく、自由でありたいと思うから」


 明確に拒絶して、即座に処刑されるのも怖いので、苦し紛れにそう返答してみる。脊髄反射的な回答なので仕方ないとはいえ、我ながらキザったらしい内容だ。


「むぅ、残念。ていうか、君。やっぱりただの人間じゃないね」


「どうしてそう思う?」


 心の中では冷や汗を流しながら、そう問い返す。


「だって君、私の魅了の暗示が効かないもの。ただの人間なら、コロッとオチるのに」


 ふむ?精神耐性に関連する加護を受けた覚えはないが。





「・・・ねえ、ちょっと君、私についてきてくれない?紹介したい人がいるんだ」


 ペソリカは、いきなりそう言いだしたかと思えば、俺の手を引っ張って部屋から出ようとする。こちらの返答はおかまいなしということだろう。





 抵抗すると余計に面倒になる気がしたので、どんな状況にも対応するという心構えだけをしておき、ひとまずペソリカについていくことにした・・・。

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