第21話 その手が守るモノ

 追撃もなく、都市へと辿りついた俺は、そのまま少将の元へと走った。


 事の次第を伝えると、少将は


「すぐに迎撃態勢をとらねばならんな」


 とだけ言い残し、どこかへと去っていった。





 疑問に思ったのは、ある意味危急ともいえる情報を聞いてなお、少将が落ち着いていたこと。わずかにでも驚いた様子など、一切見せてはいない。


 ・・・まるで、この事態を予測していたかのようだ。


 嫌な推測が頭をよぎる。


 もしかしたら、彼は敵の前線拠点構築を察していたのではないだろうか。


 そして、確証を得るために俺たち勇者を偵察に派遣した。


 そういった懸念があることを伏せたまま、いざという場合には、自らの戦力を傷めない捨て駒として・・・。


 思えば、昨夜の夕食の席でも、彼は俺たちをあの洞窟へ行かせようと仕向けていた。


 俺たち勇者を使い捨ての駒として考え、遊撃や偵察といった危険な任務へと振り向けることを前提としていたなら、勇者を四人も集めたことも理解できる。





 だとしたら俺たちは、本来この世界の人間が負うべき危険な任務に放り込まれる、都合の良い存在ということになる。


 確かに、勇者というのは人々を救い、守る存在だ。本来なら、危険な任務にも率先して当たり、強敵を討ち果たすのは本懐というべきだろう。


 だが、今回のこ・れ・は違うと思った。


 勇者の加護の力は、あくまでもその勇者の意志で振るわれるべきだと俺は思う。


 決して誰かに命令されたり、他人の都合に振り回されて戦った挙句、死ぬのなんて御免だ。


 ましてや、死んでいった三人は、いずれも力の使い方や戦い方すら知らない新人だった。それを危険な任務に放り出した挙句、その情報を一切寄越さないというのは、あまりに卑劣ではないか。


 ましてや、俺たちは助けを求められたから呼ばれた存在だというのに、これではだまし討ちも甚だしい。





 一度嘆息し、マイナス方面への思考を止める。


 疑わしいとはいえ、まだ今日の一件が少将の掌の上だったという確証はない。限りなく黒に近いと考えてはいるが、先入観ではないかと問われれば明確に否定することはできない。


 しかし、このまま彼の言いなりに動いていては、今日以上の危険な役目を押し付けられるかもしれない。


 それは御免被りたい。


 明日は少将の思惑について探りを入れてみることにしようと決めて、俺は夕食を取りに一階へと降りた。





 その夜、夕食は一人で済ませた。死んだ三人はもちろん、少将も姿を見せなかった。











 翌日、俺は訪ねてきた少将からの使いを、「昨日の件で力を使いすぎた、今日は休息に当てる」と言って追い返し、街を歩いていた。


 道行く人は誰も、俺が勇者とは知らない様子。思えば、昨日は住民にも兵士にも紹介されてはいない。


 いくつかの商店へ寄って、それとなく勇者について訊ねてみると、勇者が来ていることは知っているがどんな人物かは知らないという人が大半だった。


 また、勇者に対して信仰や希望といったものは抱いていないようで、異世界から来た強い兵士程度の認識しか持ち合わせていなかった。また、都市民のほとんどは勇者という存在に対して同じような認識を共有しており、そう仕向けたのは軍の情報部らしいということも聞けた。





 続いて、軍直轄ではない鍛冶屋へと足を運ぶ。こちらは、軍ではなく傭兵や冒険者向けの武装を製作しているらしい。


 そこに、昨日取ってきた鉱石の残り(大部分は少々の部下に持っていかれた)を持ち込んで買取を頼んでみたが、拒否された。


 理由を聞いてみると、この鉱石自体に希少価値はないらしく、本国の鉱山からいくらでも採掘できるらしい。つまり、俺たちがわざわざ取りに行く必要などなかったということだ。


 これだけでも状況証拠としては充分だったが、決定的な証拠が欠けていた。そこで、少将の部屋へと忍び込むことを決意した。





 昼過ぎ、少将が自室を出て城壁へと向かったのを確認して、部屋へと短距離転移を使って侵入する。


 青い絨毯に、大きな机が一つ。応接用のテーブルとソファ、壁には本棚がずらり。


 飾ってある勲章や剥製などには見向きもせず、まずは机の引き出しを調べてみる。


 幸い、鍵はかかっておらず、すんなりと中身を見ることができた。


 非常時の避難計画書や、本国からの連絡書簡などの下から、目当てのものらしき報告書が見つかった。


 記載によると、どうやら軍の斥候が洞窟近辺まで警戒に出た際に、バケモノに遭遇。


 犠牲を出しつつもこれを退けたが、敵は洞窟へと逃げ込んだとあった。


 念のために日付を見ると、記されたのは五日ほど前だった。


 これで、確定した。少将は、この事実を知っていて俺たちを送り込んだということ。つまり、偵察の捨て石に使ったということだ。





 怒りのままに、ドンと机を叩いてしまう。すぐに我に返ってドアの方に注意を集中したが、通りがかりにこの音を聞いた人間はいないようだ。


 とりあえず、この報告書を証拠として少将と直談判してやると決め、上着の内ポケットに書類を押し込む。自分の散らかしたものを元へと戻し、行きと同じ方法で部屋を後にした。





 少将と面会したのは、その日の夕食の席だった・・・。

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