第20話 脱出、そして・・・
「くそったれ!」
ミキヤと洞窟の奥へ引き返したはいいものの、そちらにもお客さんがいた。
最初に俺を追ってきていたオーク達だ。
これらはどうにかミキヤのピストルと俺の術式で処理したものの、今度は入り口側の部隊が距離を詰めてきていた。
洞窟の横幅が狭くなるところまで後退。手ごろな岩場に身を潜め、敵が縦列気味になったところを銃で応戦。リロードの隙は、各種術式の弾幕でカバーするという方法で敵の接近を阻んできたが、いよいよそれも限界に近かった。
残弾は既に底をつきかけており、魔力は最低限を残すのみ。自然術も、周囲から得られる力が弱まってきていた。
実は、自分だけなら逃げることは難しくない。ジュデンのメモに合った転移術式を、短距離とはいえ使えるからだ。洞窟の外へこれで脱出するくらいは、問題ない。そのために使わず温存している魔力というのが、先述した最低限の残量というわけだ。
問題は、今の俺の習熟具合では、自分を転移させるのが精一杯だということだ。
ミキヤを連れて脱出は不可能。自身が生き残ることを優先するのであれば、見捨てるのが最善なのだろうが、流石にそれは良心が傷む。
結果、どうにか活路が見いだせないだろうかと、こうしてジリ貧の防戦を続けているわけだ。
「うおっ!?」
オークの投げた槍が、耳を掠める。抑え込んでいた恐怖心が、鎌首をもたげる。
「まだ死ねない!」
目前に並ぶ死の権化達に、そう吐き捨ててピストルで掃射する。
ゴブリンはともかく、オーク以上には急所を狙わない限り、足止めにしかならない威力。
しかし、狙いをつけている余裕もない。これ以上接近されれば、奴らの得物の圏内に入れば、なぎ倒されるのは必至。とにかく、数をばらまく。
ミキヤが同じタイミングでリロードに入ったのを横目で察し、風の自然術で鎌鼬を起こす。
風の粒子も今ので最後。後は、環境的に調達が容易な、土の自然術で誤魔化していくしかない。
「ツボミさん!マガジンがあと二セットで尽きます」
さらに凶報が入る。こちらも、予備のピストル弾倉はあと三つのみ。ライフル弾はとうに尽きた。
「射撃しながら後退する!どこかに隠れてやり過ごすしかない!」
「は、はい!」
言ってはみるが、そんな可能性はゼロに近いと重々承知している。
いよいよ、先延ばしにしていた決断をするべきかと思案しながら、掃射と後退を行う。
状況が変わったのは、その直後。
「あ・・・え・・・?ごへっ!?」
タイミングを合わせて後退していたミキヤが、隣で膝を着いた。腹部には、ゴブリンの使う投槍が二本刺さっている。間違いなく致命傷だ。
「たす・・・け・・・」
手を伸ばし、消え入りそうな声で助けを求める様を、断腸の思いで無視する。
代わりに、天井へと土の自然術を一撃。
ミキヤ諸共、先頭の敵を巻き込み崩落が起きる。
追っ手の足止めに成功したのを確認し、術式を展開。
可能な限り遠くの地点を選び、魔法陣を展開。
三秒後には、俺は外へと脱出していた。
急に明るくなった視界に目を細めつつ、まずは周囲を見渡す。
幸い、異形の姿は見えなかった。ホッと一息ついて、都市の方へと駆け出す。
当面の無事に安堵し、弛緩した思考で思い返すのは、三人の死に様。
続いて襲ってくるのは、悔恨と後ろめたさ。
別の指示を出していれば、あいつらは死なずに済んだだろうか。
むしろ、こういった返事を予測して、昨夜の時点で少将にNOと言い張るべきだっただろうか。
そんな、”たられば”を考えてしまう。知らず拳を強く握り、歯を食いしばる。
涙は流さなかった。
俺だけこうして生き延びて、あいつらは恨んでいないだろうかとまで考えが及んだところで、首を振って思考を中断する。
死者は何も言わない。少なくとも、死霊術の類もまだ見たことはない。
あいつらがどう思っているかなんて、考えることに意味はない。
犠牲になったあいつらに報いるためにも、生き残った俺はできることをしよう。
そんな考えも、偽善や責任放棄という逃げでしかないのかもしれないが・・・。
ともかくもと、後ろめたさや後悔から逃げるように、今すべきことを考える。
まずは報告。そして先手を打って拠点を叩くか、あるいは防衛体制を平時から戦時へとシフトし迎え撃つか。攻勢に出るのなら、その戦力の中に俺が配置されるのは避けられないだろう。
その場合、どう立ち回るか。どんな準備をするか。作戦はどういったものにするか。
せめて、犠牲を最小限に留められる手を考えようと、足と共に頭もフル回転させた。
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