第22話 ”起承転結”で言うなら、きっと”転”
「少将、お話があります」
夕食の席、俺の様子を見に来たという少将にそう切り出した。
「改まって何かな?」
「本題の前に、質問を。少将は、あの洞窟に敵軍が拠点の設営をしていることをご存じだったのではないですか?」
「どうして、そう思うのだね?」
「まず、少将が一昨日の夕食の席で、俺たちにあの洞窟へ行くように仕向けようとしていたことが引っかかりました」
「未熟な新兵というべき三人の実践演習をするのにうってつけだと思ったから、勧めたまでだが」
「兵士との模擬戦でもよかったのでは?」
「事故があってはいけないだろう。君たちは勇者、私達ただの人間よりもずっと高い能力を持っているはずだ。それに、人間とモンスターとでは対処は全く異なる。あまり良い経験とはならないだろう」
「いいでしょう。では次ですが、取りに行くように要求された鉱石についてです。あれの供給量は本国からの輸送分のみで充分賄えていると鍛冶師から伺いましたが」
「物資はあるに越したことはない。他の戦線では、既に先端を開く寸前のところもあると聞く。現地調達できる物資ならば、少しでも確保して貯蔵しておくのは間違ってはいないと思うがね」
一見筋は通っている。事前に疑問を持たれたときの対処も考えていたのだろうか。
「なるほど。では、本題に入るために質問を変えましょう。どうやら、市民に対して私たち勇者の存在については、軍の方で周到に情報統制がなされているようですが、これはいかな理由からでしょうか?」
「大っぴらに勇者だと喧伝されては、君たちが動きにくかろうと思ってね。・・・というのは建前で、本音を言うと、予防策なのだよ」
「というと?」
「まず、君たち勇者が死んでしまった場合だ。勇者を民達の希望の拠り所としてしまうと、今回のように勇者が倒れるようなことがあった場合、民達は小さくないショックを受けるだろう。絶望感や無力感に苛まれるものも出るかもしれない」
「それは、私たち勇者を積極的に死地へと送り込むが故の措置ですか?」
少し意地悪く聞いてみる。少将は、涼しげな顔で回答してきた。
「それは些か以上に穿うがちすぎな考えだな。私は来るべき決戦において、勇者の力を当てにしている。決戦を、これすなわち死地だと言うのであれば否定はしないが、少なくともそれ以外の場で、君たち切り札をあえて危難へと放り出したりはしない」
「それはお気遣いどうも」
皮肉を返しておく。表面上、彼に気分を害した様子はなかった。
「そして、もう一つは我々の面子のためだ。勇者ばかりが当てにされるようでは、我々軍指揮官や軍自体のの立場が弱くなる。兵の統制が取れなくなったり、市民の協力が得られないという事態は回避したいのだよ」
「なるほど、理屈は通っていますね。ちなみに、勇者を四人も集めたのはどういう意図からでしょうか?」
「決戦の際の戦力を多く確保するためだ。君たちの了承が取れれば、他の苦しんでいる戦線への援護にも回ってもらいたくもあった。召喚の儀式は、ここでないと行えないので、わざわざ移動してもらわねばならないのは心苦しいのだが」
「そうですか。俺はてっきり、使い捨ての戦力として数を確保しているとばかり」
「それも、穿ちすぎな考えだね。もっとも、事前説明の不足していた私の落ち度でもあるが。もちろん、三人を遭遇戦で死なせたこともね」
どうやら、舌戦では尻尾を出さないようなので、切り札を使うことにする。
「少将。実は不躾ながら、少将の部屋から拝借したものがあるのですが」
少将の眉がピクリと跳ねた。
「つまりは、盗人の真似事ということか。勇者ともあろう方が、どうしてそのような悪事を?」
「お言葉ですが、貴方は私に対して、いや私たちに対して悪を咎められるような資格を持ってはいない」
「どういう意味かね?」
「この報告書です」
といって、懐から例の書類をテーブルへと置く。少将の表情は変わらない。なかなかのポーカーフェイスだ。
「ここには、あの洞窟付近で戦闘があり、生き残った敵が洞窟へと逃げ込んだという内容が記されている」
「そうだな。そういった報告は受けていた」
「つまり貴方は、あの洞窟に敵の拠点があることを察していた・・・ということになるはずだが?」
「手近にあった身を隠せる場所に、逃げ込んだだけだろう」
「本当にそう考えているのなら、あんたは指揮官としては無能だ。ついでに言うと、その付近で遭遇戦があったということを俺たちに伝えていない。これもあんたの失態ということになる」
「そうだな、私は無能かもしれない。現に昨日、敵の拠点が発見されたわけだしな」
「いい加減に白々しい嘘は止めにしようぜ?切れ者少将さんよ。あんたの思惑はもう透けて見えてんだよ」
事ここに至っても、焦り一つ見せずに弁舌を振るってみせる少将に、違和感を感じた。こっそりと魔力を練っておく。
「あんたの考えはこうだ。あんたは、自身の指揮する精鋭兵士を偵察などのリスクが高い任務に送り出し、犠牲を出すのが嫌だった。そこで、目をつけたのが俺たち勇者だ。加護の力を得ている勇者ならば、過酷な状況に置かれても生存する公算が高く、危険な任務にも使いやすい。しかも、勇者がくたばっても、自身の懐は痛まない。次の勇者を補充すればいいだけだ」
腕を組んで、話を聞き続ける少将。ウェスは、給仕としての仕事を忘れたかのように、カウンターの中から、唖然とした様子でこちらを見ている。
「つまり、俺たちは体よく利用される、ただの捨て駒というわけだ。危険があることすら告げられず、そうと知らぬまま死地へと放り出される道化なんざ、俺は御免だ」
そう吐き捨てて、キプキスの顔を睨む。
「どうやらツボミ殿は、仲間の死のショックのあまり乱心されたらしい。そんな妄想を並べ立てた挙句、盗みなどという暴挙まで行うとは」
目を瞑っていたキプキスが、ゆっくりそう言い終えると同時、入口から銃を構えた兵士たちが突入してくる。どうやら、子飼いの部下達らしい。
「諸君、彼を特別室へとご案内してくれ。抵抗した場合は射殺もやむを得ん」
ウェスが顔を青ざめさせているのを横目に、溜息をついてみせる。
「キプキス、俺をここで消せば、勇者は一人もいなくなるぞ?そんな状態で魔の連中の攻撃を受けたら、この都市はいつまで保つのかな?」
「心配はご無用。既に新しい勇者を迎えております故。どうやら、貴方がたよりは実力もあるようですし。どうか、心置きなく舞台よりご退場いただきたい」
ちっ、考えが甘かった。交渉の結果の譲歩として、握っている全情報の開示と待遇の改善を引き出すつもりだったのだが、そのプランはもう実現できないらしい。
このまま連行されれば、口封じのために俺の死は確定だ。
なら、実力行使での逃亡もやむを得まい。
練っていた魔力を使用し、外へと転移する。
そのまま、その場を離脱しようと駆け出した眼前に、上から何かが落下してきた。
濛々と砂埃が巻き上がる中から声が響く。
「ねぇネェ!そんなに急いでどこへ行くノォさ?あたしとちょっと遊ンデいかない?」
聞き覚えのあるどころではない、忘れられるはずのない声。そして以前よりもエキセントリックさを感じさせる抑揚。
「嫌だっていっても、逃がさなぁイけどネ!?ヒャアっ!」
奇怪な掛け声と共に、砂埃を貫いて飛来する鎌鼬。土で壁を作って防御するが、それをすり抜けて風の刃が迫る。いや、すり抜けたように見えるほどあっさりと、土壁を切り裂いて飛来してきていた。
どうにか体を捻って躱そうとするが、間に合わない。左脇腹を浅く裂かれる。
そして、鎌鼬により埃が吹き散らされ、見えたその顔。理屈抜きに憎しみが吹き出す。
「てめぇ、コロネぇ!!」
荒れ狂う心のままに、俺はそいつの名を叫んだ。
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