第18話 開戦の予兆

俺は冷静に考えていた。次の一手をどう打つか。


 気づかれていない今なら、先手を取って奇襲をかけることもできる。


 しかし、奥に本隊がいた場合は、それは悪手。ただでさえ足手纏いを抱えているのだ。本格的に戦闘を行うのは、御免被りたい。


 では、このまま引き返すか?それが最も賢明だろう。しかし、奴らがこんなところにいる理由も、気にならないといえば嘘になる。


 それなら、いっそこいつら三人を外へ逃がし、単騎で潜入するか。ローリスクだが、表に敵の増援が来た場合、こいつらは間違いなくご臨終だ。馬車は表にそのまま置いてきている。敵の部隊がここへ来れば、侵入者がいることは一発でバレる。あまり、もたもたしてもいられない。





 考えた末に、小声で出した指示はこうだった。


「俺は、このまま奥へ潜って、奴らが何をしているか探りを入れてくる。お前たちは、もう少し出口に近い位置で、隠れられる場所を見つけて身を潜めていろ。俺が長時間戻ってこない場合は、三人で脱出して、少将へ知らせろ。敵を見つけてもこちらから手を出すな。発見された場合は、俺には構わずに全力で逃げろ。理解したか?」


 三人とも、緊張をにじませた顔でこくりと頷いた。


 こちらも頷いて返し、手振りで行動開始を伝える。


 三人は、一礼してそろりそろりと来た道を引き返していった。





 それを見届けると、俺は奥へと向かって歩き出したゴブリンの尾行を開始した・・・。














 結果的に、この判断は正解だったらしい。


 洞窟の奥にあったのは、いくつかの簡易テントと武器が詰まっているらしき複数の木箱。


 それに加えて、大型の樽なども見えた。中身は酒か水か、あるいは火薬か・・。


 ともあれ、ここを拠点に攻城戦の準備をしているのは間違いなさそうだ。


 ただの研修のつもりが、思わぬ収穫になったなと軽く嘆息したところで、何かが心に引っかかった。


 しかし、それを確かめる時間はなかった。





 数発の銃声が洞窟内に響いたからだ。撃ったのはあいつらだろう。


 ゴブリンたちが、慌てて木箱を漁り始めた。武器を取り出そうとしているに違いない。


 いっそ、先に仕留めておくかと身を乗り出しかけて、すぐにひっこめる。


 奥から巨体が三つ出てきたからだ。名前を付けるなら、オークというのが妥当だろうか。


 もっとも、一致しているのは顔が豚に似て醜く、巨体の割に短足だという点だけだが。


 体つきは、一般にイメージされるでっぷりとした腹回りなどではなく、むしろ筋肉質だった。


 手足にも、発達した筋肉が見える。パンチ一発でも、人間を再起不能にできるだろう。


 そんなのが三匹、手には棍棒ではなく大型の鉈なた。あの腕で振るわれれば、人間が剣を持ったところで、勝ち目はないだろう。膂力の差で、吹き飛ばされて終わりだ。


 銃をもらっておいて良かったと心底思う。術だけで相手をするには、心許ない。








 ゴブリンとオークがやり取りをしている間に、来た道を無音で引き返す。


 訓練したとはいえ、俺が銃を撃ったところで命中精度は高くない。


 ここは無理して勝負する場面でもない。そう考えてじりじりと後退していたのだが、不意にオークがこちらを見た。


 釣られて、他のゴブリンやオークもこちらに目を向ける。


 考える前に体が動いていた。すなわち、来た道をダッシュで引き返す。


 背後から咆哮と足音が聞こえる。


 天井に爆炎の魔術をぶち込む。


 背後で、天井の一部が崩れる。これで少しでも足止めになればいいのだが。





「こんなところで死ねるかよ!!」


 そう吐き捨てながら、俺は出口へ向かって疾走した。

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