第14話 波乱の予感
「ようこそ、勇者殿」
出迎えてくれた男は、ハスィンの軍権を預かる少将のキプキスだと名乗った。
まずは、勇者専用の宿へ案内してくれるというので、大人しく後ろについていく。
しかし、勇者一人の為に宿一つを貸し切ってくれるなんて、なかなか太っ腹なことだ。
案内の間にざっと解説してくれたところによると、都市の人口は一万に満たない程度で、そのうち三千人以上が軍務に就いているらしい。
ここは、都市というよりは軍事拠点という扱いらしく、市民の半数以上は軍人とその家族。その他の者は、商いや流通、鍛冶に整備と、軍を裏から支える補給の役目につくものがほとんどだそうな。
自給自足機能のある巨大要塞都市と表現してもいいかもしれない。
街のシンボルでもある城壁は、石造りで15メートル程度の高さはありそうだ。
都市を縦横3:2程度の長方形に囲んでいるらしく、四方には見張り台を備えた尖塔が立っている。
尖塔内に、都市と行き来するための螺旋階段が繋がっているらしく、出入りはそこからしか不可能とのこと。
また、戦が始まると、尖塔内の各階層は補給や治療の拠点としても使用されるらしい。
聞けば聞くほど(中世ヨーロッパ程度の技術力にしては)充実した備えだが、ここまでして備える敵は何なのか。問いかけると、端的な答えが返ってきた。
「邪王ティンクスの軍勢でございます」
詳しく聞けば、西方の辺境にあったとある小国。その国の国主であったティンクスが、魔族の召喚と支配に成功。それらを戦力として、一挙に侵略戦争を起こしたらしい。
現在、大陸の四割が支配下に置かれており、この都市はその最前線の一つだという。
南北は険しい山岳、しかも全てが岩山となっており、大群の移動には不向き。
その狭隘にあるこの地に、防衛都市を築いてこれ以上の東進を妨げているということらしい。
確かに、南北の壁の向こうには、岩肌しかない山岳が見えている。
それにしても、第一世界以来の魔群登場である。これまでに渡ってきた世界では、幸いにもそんな話は聞かなかったため、久しぶりの魔群討伐ということになる。
(種族単独でなら、第三世界以降にオークの軍勢や魔狼の集団などとも戦っているが)
「到着です。ここが、勇者殿の宿となります」
城壁と同じ、石を素材にした二階建ての宿が目の前で存在感を放っていた。
促されて中へ入ると、床は石材でできていたが、内壁は木製だった。
一階部分は食堂兼カウンターバーとなっているらしく、カウンター席が六席に四人掛けの丸テーブルが四組置いてある。
カウンターに頬杖を着いていた若い男性が、こちらに気付くと途端に居住まいを正した。
「こ、これはキプキス指揮官殿!」
「ウェス、相変わらずぼんやりしているな」
青年はウェスというらしい。
「新たな勇者殿をお連れした。早く部屋へと案内して差し上げろ」
「が、合点です!」
ウェスがあたふたとカウンターから出てくる。手には、客室のものらしき金属製の鍵。
「お待たせしました。ご案内します!」
「では、勇者ツボミ殿、とりあえずはごゆっくりどうぞ。夕食の席でまたお話をさせて頂きたいので、22時には下の食堂へいらしてください」
そう言って、少将は去っていった。
案内された部屋は、かなり手狭だった。
机はあれど椅子はなく、代わりに使えとばかりに、ベッドが机のすぐ隣にある。
というか、机とベッドに小型のクローゼットだけで部屋のほとんどを占拠していた。
どうやら、ビジネスホテルに近いスタイルらしい。
この環境で貸し切りと言われても、正直ありがたみはあまりない。キプキス少将への太っ腹というイメージは早くも瓦解した。
「では、夕食の時間までごゆっくりしてらしてください。」
そう言って、ウェスは部屋を辞していった。
壁にかかっている時計を見ると、文字盤の数字は30まであった。
ということは、この世界は1日が30時間なのだろうか。
長針を見る限り、1時間=60分ではあるようだが。
背負っていたアイテムリュックを下ろし、中から水を取り出して飲む。
アイテムリュックというのは、化身から新たに受け取った加護の一つで、アイテムの出し入れに使える。
正確には、うちの化身のテリトリーへと入れたモノを転送し、逆に向こうから転送させて取り出すこともできるという、異世界モノ御用達の代物だ。
制約として、リュックの口より大きなものは入らない。といっても、ノートパソコン程度の大きさならするりと入ってしまうので、不便に思った場面は今のところなかったりする。
また、テリトリーの収容限度以上のモノも保管できないが、こちらはあってないような制約らしい。
もしかしたら、俺が化身と話してるあのテリトリーは、四次元空間にでもなっているのだろうか。
ともあれ、あまり外を出歩く気分でもないので、一階の食堂で軽食でも食べようかと思い立ち上がる。
一応リュックを片手に下げ、部屋を出たところでばったりと少年に出会った。
・・・勇者だけの貸し切りのはずなのに。服装を見る限り、ホテルのボーイではなさそうだが。
もしかしてという閃きが、脳をよぎる。
「・・・」
ぶつかってはいないし、知り合いでもないはずだが、少年はまじまじとこちらを見てくる。
いい加減、失礼だと声をかけようとしたところで、先に少年に先手を取られた。
「もしかしなくても、お兄さんも勇者?」
「・・・お兄さん”も”?」
一番引っかかった部分だけを訊き返す。帰ってきた答えは、案の定だった。
「うん、僕も勇者なんだ!」
中学生になっているのかも怪しい少年のその台詞に、
「・・・はい?」
予想はできていたが、それでも事実を受け止めきれずにマヌケな声を上げてしまった。
・・・どうやら、この世界も一筋縄ではいかないらしい。
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