第12話 勇者の名が冠するのは、希望か業か
その後、ジュデンが飛竜の住処へと転移し、残党を殲滅したり、俺とチュアナで負傷者の手当てなどを手伝っているうちに日は暮れきっていた。
夜、チュアナを連れて俺たちはドワーフの峡谷へと戻ってきていた。
事情を聞いたドワーフ達は、急遽開いていた祝いの宴の席を、追悼の場へと切り替えた。
その夜は、雲一つない満天の星空。
されど心には雲が満ちていて、闇夜のように暗かった。
今日ばかりは、陽気なドワーフ達も粛々としている。
彼らも、馴染みの行商人をはじめとする、多くの知己を失っている。
酒と共に飲むのは、死者の涙。料理と共に飲みこむのは、無念かあるいは憤りか・・・。
俺はというと、ジュデンとチュアナの三人で焚火を囲み、ちびちびと飲み物を煽っていた。
俺は、相変わらずのエール、二人はかすかに果実の風味が混じった水だ。
「こんな夜、酒を飲んで酔えたらどんなにいいんだろうな」
そんな風に呟いて、乾いた笑いを向けてくるジュデンに、かける言葉は見つからなかった。
それ以上、ジュデンも何も言わない。
ただただ静かに杯を傾け、星空に思いを馳せる。
一瞬だけ煌めいた流れ星は、誰の涙だったのだろうか。
翌日、後始末が気になったので、ジュデンに頼んで街まで連れてきてもらった。もちろんチュアナは、峡谷でお留守番だ。
街に着くと、妙に粘度のある視線がいくつも向けられた。
皆が、こちらを目にするなり、何とも言えない表情を向けてくる。
最初はどういう感情から来る視線なのか分からなかったが、ジュデンのやるせなさと悔しさの混じった表情を見て、ようやく気付いた。
勇者がいたのに。
何のための勇者なのか。
何故街を救ってくれなかったのか。
どうして家族を守ってくれなかったの。
そういうことだったのだ。
勇者という存在、希望の象徴へと向けられる期待は、俺が考えていたよりもずっと重かったらしい。
彼らからすれば、救いの象徴、絶対の安心感を与えてくれる存在、まさに救世主だったのだろう。
それが裏切られたのだ。
俺たちがいなければ、彼らの感情の矛先は、無力な自分たち、あるいは神のような絶対的存在にでも向けられたのだろう。
しかし、ここにはその絶対的存在によって使わされた勇者がいた。そのせいで、負の感情がこちらに集中しているのだろう。
行き場のない怒りや悲しみなどとは言わないし、言わせない。
本来、その感情は無力な自分たち自身、あるいは仇である飛竜達に向けるべきだろうと思う。
それをこちらに向けてくるのは、きっぱりと言うなら八つ当たりに相違ないはずだ。
なんなら、仇である飛竜を殲滅したのだって、ジュデンなのだから。
俺たちも自身の無力さを噛みしめて、必死に負の感情と戦っているんだ。これ以上の荷物は背負えやしない。
そんなふうに、俺であれば開き直ることもできた。
しかし、ジュデンはそれらを一心に背負おうとしているのだろう。
心の在り方で言うなら、こいつの方が勇者としてはふさわしいのだろう。
ただ、俺はそんな身勝手な期待まで背負うことはできそうになかった。
あれほど、なりたいと思っていた勇者、その肩書が、ずしりと重く感じられた。
少しでも作業を手伝おうと、邪魔になる物の撤去をしていた時の事だった。
ジュデンの下に子供が駆け寄ってきて、こう言った。
「勇者様ってすごく強いんだよね!?なら、どうして僕のお父さんとお母さん、守ってくれなかったのさ!?」
ジュデンが、その場に膝から崩れ落ちた。そのまま倒れるかと思いきや、両腕でその男の子を抱きしめる。
そして、涙を流しながら、ただひたすら懺悔の言葉を繰り返していた。
すまない、すまないと何度も、何度も。
それまで堪えていた感情が、純粋な子供の問いかけで、ついに決壊したらしい。
しばらくの間、男の子と二人でジュデンは泣き続けていた。
それから二日。俺は、化身からの呼び戻しを受け、帰還することになった。
曰く、次の世界からレスキューコールが来ていて、しかも状況はかなり切迫している。そんなところで、瓦礫遊びに勤しんでないで、名を売るチャンスをモノにして来いと。
ジュデンは、もう少し復興を手伝っていくということだった。
別れの言葉は、お互いに一言のみだった。
「次の世界でも頑張れよ。いつかまた、どこかの世界で会おう」
「ああ。その時まで、お互い生き延びよう。チュアナちゃんを悲しませないためにもな」
握手を交わし、手を振ってくれるチュアナちゃんに手を振り返す。
直後、魔法陣が体を通り抜け、視界が黒一色に閉ざされた。
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