第9話 強さの代償、思いの代償
後始末を終えた頃には、日が暮れかかっていた。
その後、ジュデンにテレポート的な魔法で連れてこられたのは、交易都市らしい街の一角にある木造の建物。
話によると、酒も扱っている大衆向けの食堂らしい。
中へ入って、四人掛けのテーブルに着く。ジュデンの隣には、例の女の子。
「料理はこっちで適当に見繕わせてくれ。飲み物だけ、好きなものを選びな」
というので、昨夜ドワーフたちと飲んだ、エールのようなものを注文する。
欲を言えば、焼酎かバーボンなどの方が好みだが、異世界では贅沢も言えない。
向かいの二人は果実ジュースらしきものを飲んでいる。
「呑みに誘ったのはそっちなのに、ノンアルコールなのか」
と問うと、
「オレたちは未成年だぜ?それに、呑みに行くとは言ったが、酒とは言ってねえ」
などと飄々と嘯うそぶいていた。以前に比べれば、こいつに対するマイナスイメージはだいぶ払拭されているが、代わりに食えない奴というイメージが強くなったが。
運ばれてきたサラダのようなものをつまみながら、少しの間無言の時間が過ぎる。
少女が、取り分けられた葉野菜を次々とはんでいる姿が、実に微笑ましい。
先に口を開いたのは、ジュデンだった。
「さて、まずはこいつを紹介しよう。この子の名前は、チュアナ。お前とオレが初めて会ったあの世界で拾ってきた子だ」
「なるほど、誘拐か。そこまで堕ちたか、勇者よ」
「ちげえよ、話は最後まで聞けって」
テーブルを軽く叩いてジュデンが弁解してくる。被告の言い分くらいは聞いてやるかと、口を閉じる。
「この子は、例の魔軍との戦いで孤児になったんだ」
「それで、自分好みに育てようと?光源氏計画ってやつだな」
「いい加減にしねえと、フォークで目を刺すぞ」
さすがに、こいつの一撃を避けられる気も防げる気もしないので、再び黙る。
先程の、飛竜を八つ裂きにした技の冴えを見る限り、まだまだ追いつけはしないらしい。
「結果的に、オレがこの子を魔軍の手から助けるような場面があってな、それから妙に懐かれてるんだよ」
「それで?」
茶々はさすがに自重して、続きを促す。
「この子には魔術の才能があってさ。ほら、こいつの髪の色、変わってるだろ?どうも、あの世界では、体内の魔力を完全にコントロールできるようになると、髪色が変わるらしいんだ。それが、一人前の証だとされているらしいな」
確かに、そんな話をパーティの魔術師から聞いた覚えがある。私の紫の髪は、一人前の証だとか。
「で、魔術の才能がある孤児は、術式を学ぶ学校へと入れられるのが掟だったらしい。将来は魔術師として、冒険者や宮廷直属の戦闘員としての道を歩まされるらしくてさ」
語り続けるジュデンの表情が、少し暗くなる。
「それってさ、要は本人の意思を無視して大人の決めたとおりの人生を歩まされるってことだろ?しかも、命を危険に晒すような道を強制でさ。それが、なんていうか、納得できなくってさ。こいつにもやりたいことを選ぶ自由があってもいいんじゃないかってさ」
机に置いた拳が握りこまれる。同情にしては、肩入れしすぎな気がする。もしかしたら、こいつも同じような経験をしていて、この子に自分を投影しているのかもしれない。
「青臭いガキみたいなクサいセリフだなとか、思われるかもしれねえけどさ。そう思っちまったんだから仕方ねえよな。納得できねえのはオレのエゴなんだから、オレがなんとかしてやるしかないよな」
説明していたはずの口調が、段々と独白するようなものに変わっていた。
「で、国王に頼んで、オレが引き取ることにした。とりあえず、数多の世界の色々なものを見せてやって、こいつが本当にやりたいことを見つけたら、その世界の信頼できる人間に預けるつもりだ」
「愛着が湧きすぎて、いざとなれば離れられないんじゃねえのか?」
「いや、きっと大丈夫だ。オレは、こいつの育て親になれないのは、自分が一番よく知ってるからな」
空気を軽くする冗談のつもりだったのに、どうも、こいつが抱える何かに触れてしまったらしい。目つきが深刻そのものだった。
考えるまでもなく、理由は本人から明かされた。
「オレが、”闘争”の化身に使われているのは知ってるだろう?」
「ああ、俺の契約者に聞いた」
「オレの交わした契約は呪いのようなものでさ。確かに、他の奴らよりもよほど大きな力を加護として与えられている。だが、その代償に、俺は闘争なしでは生きていけなくもなったんだ」
目だけで続きを促す。意図が伝わったのか、少し目元の表情が和らいだ。
「具体的に言うとだな、一定以上の期間戦いから離れると、体内の魔力と感情が暴走して、ただ戦いをも求める狂戦士のようなものになっちまうって代物だ」
ウォーモンガーというやつだろうか。こいつは、俺より遥かに強い分、遥かに重い枷を背負っているのだと、理解する。
「オレが歩むのは血で血を洗う闘争だけが待つ未来、目の前の敵を斬り倒すことを求められる世界。いつくたばってもおかしくない、死と隣り合わせの修羅道だ。そんな旅に、いつまでもこいつを同行させるわけにはいかないだろう?」
自嘲する様にそう言うと、グラスの残りをグイッと呷る。
手を上げて店員を呼び、自分の分とこいつの分のお代わりを注文する。
再び目線を戻すと、「すまんな」と言わんばかりに、ジュデンは肩をすくめて見せた。
「こんな話、いや愚痴か。聞かせるつもりはなかったんだがな、ちょっとスイッチ入っちまった」
そう言って、照れくさそうにそっぽを向く。年相応に可愛いところもあるのだなと思ってしまう。
かつて、日本の会社員をしていた時の、高卒上がりの新人社員を思い出す。
「腹の中にあるもんぶちまけて、スッキリするのが飲み会だ。まあ、ぶちまけるのは心の中だけで、胃の中の物は出すなよ?スッキリはするけどな。なんて」
「なんだそりゃ?」
「オレの尊敬する上司からの受け売りさ。飲み会ってのは、普段言えない愚痴や不満なんかを吐き出す場なんだってな。要は、気にするなってことだ」
「格言にしては、少し品がないな。味のある言葉ではあるが」
「俺もそう思う。含蓄はあるが、高尚でないのは確かだ」
そう言って、二人で笑う。
会話の意味が分からないチュアナが、俺たちの顔を交互に見てくるので尚更に笑えてくる。
「さて、オレの話だけでなく、そっちの話も聞かせろよ。なにやら、面白そうな術を使ってたじゃないか」
「あー、まあ俺もいろいろと経験してな。あの後訪れた世界ってのが・・・」
その後は、閉店まで互いに経験談を交換した。
そして翌日、お互いに寝不足の顔で対面し、また笑うのだった。
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