第三世界
第7話 温かくて熱い、新たな世界
「お待ちしておりました、我らが勇者殿」
目を開くと、前回と違いって丁寧な挨拶で迎えられた。
眼前で直立したまま話す男の姿は、低い等身に髭もじゃの顔。そして、角のついた兜。
いわゆる、ドワーフの一般的なイメージ像に酷似している。
とりあえず、彼らの種族についてはドワーフと呼ぶことにする。
「まずは食事にしますかな?それとも街の案内を?」
「腹はそんなに空いてない。先に案内をお願いできますか。申し遅れましたが、俺はツボミといいます」
「先に名乗らせてしまいましたな、失礼しました。私は、この峡谷を預かるベルゼルと申します」
そう言って、男は短い腕を上げて、日の光の差し込む部屋の出口を指し示す。
改めて室内を見回すと、部屋というよりも穴という方が適切な表現であるほどだった。
壁は全てむき出しの岩肌。ところどころに光を放つ鉱石を埋めることで灯りとしているらしい。
家具はなく、木の実と布でできたタペストリーのようなものが壁に掲げてある。鉱石を除けば、これが唯一の部屋の内装と言っていいだろう。
外へ出ると、そこは先の話通りの峡谷だった。吊り橋がいくつもかかっており、峡谷の岩肌には、いたるところに穴が空いている。
「岩肌をつるはしで削って穴を作り、鉱石を掘りだすと同時に住居として活用しております」
なるほど、合理的だ。しかし、同時に俺にはつらい生活だ。
表情に不安が出ていたのか、ベルゼルさんが補足をしてくれる。
「無論、勇者殿の宿泊場所は別に用意してます故、心配召されるな。我らと同じでは、辛かろうと思いましてな」
安心した。設備については最初の世界が一番だったが、心遣いならこの世界の方が上かもしれないな。
「ここが、勇者殿の仮住まいとなります」
案内されたのは、峡谷の岸壁の中でも最上部に近い位置。ともかく、中へ入ってみると。
「おお、なかなか」
洞窟の一つなのは変わらないが、天井に窓がついている。陽の光が温かい。夜なら月を見る事もできるに違いない。月と星灯りを肴に、一献嗜みたくなりそうだ。
床は平らに均されている上、磨かれた石で作成された寝台まである。布団代わりということか、布が二枚添えてある。
現実世界の宿とは、設備面では比較にもならないが、それでもとても心が温かくなるねぐらだった。
「ありがとう、ベルゼルさん。気に入ったよ」
「ようございました。では、次は精錬場などを見てもらいましょうか」
その後、鉱石の精錬所や、加工施設を見せてもらった。
それらは峡谷の底にあり、上層の岸壁とは簡易的なリフトでつなげられていた。
精錬に使うのは、実に”らしい”石造りの竈。
側によるだけでも熱気が押し寄せるのに、職人たちはゴーグルもなしに作業を淡々と行っていた。
「では、今日はゆっくりお休みくだされ。相談については明日、お話させていただきます故」
一通りの案内を終えたベルゼルは、そう言って頭を下げた。
「夜は、下層の食堂にて歓迎の酒盛りを開く予定です。よろしければおいでくださいませ」
「何から何まで痛み入るわ。ありがたくその誘いをお受けする」
その日は、深夜までドワーフたちと肩を組んで飲み、酔い潰された。
翌朝早く、俺はベルゼルに起こされて商工会議所のような場所にいた。
ちなみに、この世界では一日は20時間ほどらしい。ドワーフたちは、朝5時から夜17時まで仕事をし、そこから酒盛りをして0時ちょうどには床につくらしい。睡眠時間はおよそ4時間。俺には少し辛い生活だ。
「お頼みしたいことというのは、竜族の退治になりまする」
「竜というと、ワイバーンのような?」
「そうですな、姿形はその想像で間違っておりません。ただし、ワイバーンよりもはるかに巨体です」
「どういった被害が?」
「あの害鳥ども、よりによってこの峡谷に巣を作ろうとしているようでして。昼になると時折ここへ飛来しては、炎を吐いたりして暴れまわるのでございます」
「なるほど。仕事に支障が出る、か」
「我々は、この峡谷で鉱石を掘り、加工し、それを元手に行商人と取引をして貨幣や食料と交換しております。ところが、飛竜が暴れているという情報が広まってから、その行商人の数も減りゆく一方。このままでは、商売あがったりなのでございます」
「事情は了解した。戦力は俺だけか?」
「いえ、こちらも自警団がおりますので、多少は当てにしていただいて結構です」
「わかった。とりあえず、その自警団のリーダーと話がしたいんだが」
「こちらへ既にお呼びしておりまする。同席させても?」
「ぜひ同席していただきたい。こちらでの飛竜への戦術や、俺の力についても情報交換の必要があるだろうから」
「では、すぐに」
そう短く言うと、ベルゼルが石机の上を同じ石のトンカチのようなもので叩く。
絵面としては、ガベルに似ている。判決を言い渡す際や、静粛にと注意する際、裁判官が叩いて音を出す、あのトンカチもどきといえばイメージできるだろうか。
一分と待たず、その音を聞いて一際大きな兜を頭に乗せたドワーフが入ってくる。
その後ろにも、隊員であろう屈強そうなドワーフたちがずらり。
最初に入ってきたドワーフはドッコと名乗り、自警団のリーダーだと告げた。
そのまま話を聞くと、ドワーフ側の対空兵装は設置式の重弩バリスタのようなものと投石機くらいしかないと聞いた。
ちなみに、重弩といっても原始的なそれではない。発射後、仕込まれた鉱石によって矢の後方より炎を吹き出して推進力を上げているらしい。多少風の抵抗を受けにくい上、着弾も早いという。
(投石機については、特に工夫はないらしい。弾幕として割り切って使い、当たれば儲け物という感覚のようだ)
これらを、大雑把な狙いをつけた上で発射し、当たった敵が地上へ墜落したところを、斧や槍といった近接武器で仕留めるのがセオリーらしい。火薬の代わりとなる鉱石も有るものの、扱いが難しいので戦闘向きではないとか。
そこで、方針としては、俺が風の自然術をメインに、各種術を使って竜を墜落させる。
そこを、ドワーフたちが近接戦闘で止めを刺すという方針に決まった。
ついでに、空いた時間に各種鉱石について教えてもらえないかと頼んで、ベルゼルさんから許可をもらった。
もしかしたら、火薬の代わりの鉱石を利用すれば銃器等が造れるかもしれないと考えたからだ。
もし成功すれば、今後術の効かないような敵に出くわしても、代わりの飛び道具を確保できる。
その日の会議はそこで解散。
実際に飛竜が現れたのは、その翌日のことだった。
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