第5話 相対する勇者
あれから二週間近くが過ぎた・・・はず。記憶が確かであればの話だが。
時計もカレンダーもないので、正確な所は分からない。
その後、俺はその湖の側で狩猟採集生活を送っていた。
ゴリラは動物たちの長のようで、俺がここに留まることを許可してくれた。(と思われる。もちろん相変わらず、心はともかく言葉は通じない。)
最初は遠巻きに見ていた動物たちも、俺が危害を加えたりしないとわかると、すり寄ってきたり、木の実の差し入れをしてくれたりした。
もらうばかりでは申し訳ないので、肉食の出来る動物に対しては、こちらも湖で捕った魚を焼いて、お返しに食べさせたりしている。
実は、最初に魔術で焼き魚を作った時に、ゴリラが物欲しそうな顔で見ていたため、試しに分けてやったのが始まりだったり。
そうして暮らすこと三日。体に変化が現れた。
といっても、頭にキノコが生えたとか、爪が発達したとかいうことではなく、妙に体調が良くなった。
そして、水や風の中に粒子のような光を見ることができるようになった。
引き寄せたいと思えば、向こうから手元へと集まってくる。
そこで、ようやく気づいた。これが、自然と心通わせるということらしい。
まさか、狩猟採集生活という原始的な暮らしで、覚醒するとは思わなかったが。
そこから先は早かった。水の粒子は、魔力の扱いの応用で力を込めれば水に変わり、イメージすれば様々な形を維持できた。
もちろん、ただの水なので、剣の形にしたところで切れ味はないが。
風の粒子であれば、手元に圧縮された空気の塊を生じさせ、こちらも応用が効いた。
他の属性としては、木と土があるらしい。こちらも、触れることで粒子を集めることができた。
これで、魔術の基礎である火、氷、雷と合わせて7種類の属性を扱えることになった。
おおっ!?ちょっと勇者っぽくね!?とはしゃいだのは、動物たち以外には秘密だ。
もちろん、ここを拠点に周囲を探索してもいるのだが、元凶の手掛かりは見つかっていない。
街の方はどうなっているのかなどと思い始めた頃、事態が動き出した。
ある夜、ふと目を覚まして違和感に気付いた。空が明るく、いつもより気温が高く、湿度が低い。
原因はすぐにわかった。森の西方が燃えていた。
急いでゴリラを叩き起こし、身振りと手振りで避難を促す。
あたふたと走りだしたゴリラを背に、俺は現場へと駆け出した。
結論から言えば、意図的な放火だった。
”畜生”から被害を被った者の内、激情に駆られた者たちが森に火を放ったらしい。
水の自然術で鎮火できる規模ではなかった為、火の魔術の爆風で火を消すという手段を敢行。
幸いと、明け方ごろには雨が降り始めたため、火は全て消え去った。
視界に残ったのは、煙の白と、焼け焦げた木々の黒のみ。
虚しさしか感じない光景に唖然としていると、前方からヒトの集団がやってきた。
護衛に守られるようにして歩いてくるのは、ザマー国の長だった。
「あんた、逃げ出した元勇者じゃないかい」
長は、俺の傍まで来るとそう言った。
「ああ、構えなくていいさ。別に、今更あんたをどうこうしようってわけじゃない。今日は、もっと大事な目的があってね」
「目・・・的・・・?」
てっきり、やりあうことになると思っていたので、拍子抜けしてしまう。
が、次の瞬間、長の後ろから害意が膨れ上がった。培ってきた戦闘勘に任せて、バックステップ、さらに風の術を使って後方へ。視線を前に戻すと、俺の移動した軌跡に沿って土の中から、同じ土でできた槍衾が無数に突き出ていた。
「へぇ。自然術は使えないって聞いてたんだけどね。自力で習得したのか、使えるのを隠してたのか。どちらにしろ、見どころはあるかも」
声の方を見ると、いつの間にか長の横に若い女がいた。
直感で悟る。あれは、同業者だ。つまりは・・・
「一応紹介くらいはしておこうか、この子はコロネ。新しい勇者さ」
そう言って、長がコロネの頬を撫でる。どうやら、勇者という肩書以上に可愛がっているらしい。
「この子は女だし、強力な自然術もすぐ覚えてねえ。どこかのクズと違って、とても頼りになるよ」
カチンときたが、とりあえず無視する。
「さっきの雨も、この子が降らせたんだ。どこの国の馬鹿か知らないけれど、ジャングルを丸ごと灰にされても困るんでね」
「おかげで、安眠妨害されたこっちはいい迷惑よ」
「あら?それはこいつらを痛めつけて晴らしたんじゃなかったかしら?」
そう言って、長が傍らの従者に言う。従者が抱えていたのは、ズタ袋のようなもの。よく見れば、腕が一本袋を突き破って露出している。
「いや、全然晴れてないよ。むしろ、こいつに初撃を交わされて、また少しイライラしてきた」
そう言って、コロネは袋に拳を叩きこむ。かすかにだが悲鳴が聞こえた。完全な八つ当たりだ。
どうやら、可愛い名前の印象に反して、性格は真っ黒らしい。
「で、目的ってのは?」
俺にとって、もうこのジャングルはテリトリーと言っていい。害を振りまくつもりなら、仲間のためにも戦わざるを得ない。
「なぁに、ちょいとばかし危険の芽を積んでおこうと思ってね」
「どういう意味だ」
「察しが悪いねえ」
そう笑った後、長の目に狂気が宿った。
「狂っちまう前に、ここいらの動物全て、殺しつくしてやろうと思ってねえ!!」
「!?」
最悪の宣言だった。コロネも、脇から援護射撃を飛ばす
「ケダモノ共もぉ、利用されて死ぬくらいなら、いっそ今死ぬ方が報われるんじゃないかなぁ?あは!あはははは!なぁにぃ?あたしってマジ勇者ジャン!ねえ、あんたもそう思うっしょ?ねえ?ねえ!」
他の従者たちも、口が裂けたのかと思うような笑顔をしている。揃いも揃って狂っているらしい。
「そうか。”畜生”ならともかく、善良な動物たちまで傷つけようってんなら、俺も戦わざるを得ないな」
四肢に力を込める。勝てないにしても、退くつもりはない。死ぬ覚悟を決める。
「あっれー?仮にも勇者を名乗ってる人が、人間でなくケダモノ共の味方をするってわけぇ?チョー受けるわ。・・・なら死ねよ」
急に冷めた表情になったかと思えば、指先から何かを発射したコロネ。
かろうじて首を振って避けると、着弾した部分の土が抉れていた。
直撃していたら、軽く骨まで届く威力だ。
「水一滴でも、細く鋭く形を変えて、速度をのせて発射すれば、ほらこの通り!立派な弾丸になりましたってね」
そう言って、指鉄砲から水弾を連射するコロネ。こちらは、風を操作して、弾道を左右にずらしていく。
「へぇ。なかなかじゃん、ちょっと見直したっつーか、目障りだから早く死ねェ!?」
今度は、両手から水流を発射してくる。風で障壁を作るが、いかんせん質量と勢いが違った。
一秒もかからず障壁を突破され、水流の勢いで、大きく後ろへと吹き飛ばされる。
地面を転がされ、立ち上がったその場所は、まだ火の回っていなかった部分のジャングル。
未だ、緑の残る場所。
「さて、そろそろ死ぬ?死ななくても殺すけどォ!」
先に空を飛んで一人で追ってきたらしく、コロネが前方に降ってくる。
草花が織りなす緑の絨毯の上に立つ俺と相対するは、燃えカスしか残らない焦土の上に立つコロネ。
傍から見れば、出来すぎだと言われそうな相対のシチュエーション。
人生最後の決闘が、こんな舞台だなんて恵まれ過ぎている。
欲を言うなら、勝ちたかったところだが。
「くそっ、最後まで足掻いてやらぁ!!」
炎弾と紫電を同時に飛ばす。しかし、炎は風に吹き散らされ、紫電は土の壁の前に吸収された。
技量も術の力も向こうが上。悔しいが、勝機は見出せない。
この土壇場、これが創作であればご都合主義的に、新しい力が覚醒したりするんだろうか、などとあり得もしない夢を見る。
されど、現実は非情。俺にとどめを刺すべく、コロネが手をこちらに翳し・・・唐突に吹き飛んだ。
いや、唐突にではない。それは鹿だった。
いつの間に居たのか、脇の木陰から鹿が飛び出し、地面を一蹴りしただけでコロネに体当たりを仕掛けていた。
「くっ、このド畜生が!」
左肩を貫いた角を、根元からへし折るコロネ。
鹿は、わずかにうめき声を上げてサイドステップ。
もう一方の角で頭突きを敢行する。
「二度もっ!!」
鋭い手刀が、走る。今や片方だけとなった立派な角を持つ頭が、俺の目の前へと飛んでくる。
一瞬遅れて、胴の部分もパタリと崩れ落ちる。
その鹿の顔は、間違いなく俺が湖で触れ合った”仲間”の一人だった。
「てめぇぇぇぇぇぇ!!」
怒りのまま、計算も何もなく突進する。
飛んでくる水弾は風で弾き、水流は体術と反射で避ける。
「しつけえんだよ!」
拳の間合いに入ったと思った瞬間、視界が上へとずれる。襲ってくる浮遊感、一泊遅れて視界が今度は下降する。
どうやら、地面をめくり上げたらしいと気がついたのは、でこぼこになった地面に叩きつけられて、目の前にコロネの指が見えた時だった。
「あばよ」
指先に粒子の塊が見える。1秒後には自分は死んでいるだろう。悔しさを噛みしめるように、ぎゅっと目を瞑る。
体感で1秒。覚悟していた痛みが来ない。感じるまでもなく死んだのか?
2秒。衝撃すら感じない。どうやら即死したらしい。
3秒。怒号と吠える何者かの声。
俺はまだ、死んじゃいない!
慌てて目を開き、体を起こす。
ゴリラが、心友がコロネに襲い掛かっていた。
各所から出血している。水弾を数発食らったらしい。
コロネが、俺が起きたのを確認して、こちらに水弾を放つ。
ゴリラが、そうはさせじと射線に割り込む。
赤い花が宙に複数咲く。
まなじりを吊り上げるコロネの後ろには、追いついてきたらしい長達一行。
「この勇者を名乗る不届き者が、動物を洗脳していた元凶です!!見ての通り、私にケダモノたちをけしかけてっ!!」
思い込みか大嘘か、コロネがそんなことを喚き、従者たちが戦闘の構えを取る。
その従者たちに、他の動物たちが、ジャングルから飛び出しては襲い掛かっていく。
「俺だけ、呆けてられるかよ!」
立ち上がり、駆け出す。
狙うのは、俺の心友を痛めつけてくれたコロネ。その面、その笑い、もう1秒だって見たくない!
コロネがまたも水弾を放つ。ゴリラが、体中に穴を開けながらも、やはり射線に立ちふさがる。
「しぶといのよ、こいつ!」
コロネがゴリラを脇へと蹴り飛ばす。その後ろ、ゴリラの体の死角には・・・折られた鹿の角を拾い、刺突武器として突き出そうとする、俺。
「くたばれえええええええええええ!!」
「!?」
術を練る時間はない。獲った!!
そう、確信した瞬間。
体が縫い止められる。
足元には魔法陣。
「しまっ!?」
瞬時に悟る。従者の中にいた召喚士が、俺を送還しようとしている。
「ちくしょうがああああああああああああああ!!」
奇しくも、本来倒すべきだった存在の名前を叫びながら、俺はそこではないどこかへと送還された。
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