第二世界
第4話 黒一点、人一点
「・・・」
「えっと・・・」
現状説明。視界が戻ってきた時、目の前にいたのは、目を見開いたまま硬直する女性十数名。
詳細説明。全員が白色の布製っぽい服を着た女性十数名。全員が瞠目しており、ついでに幾人かは口をだらしなく開けている。
その割に、目線だけは、こちらを隅から隅まで観察している。
内心解説。居心地が非常に悪い。
行動描写。一人の女性が、頭かぶりを振って、こちらへと歩み寄ってくる。
頬は若干赤らんでおり、顔は上気しているように見える。ついでに、瞳が潤んでいる。
行動追記。その女性は、俺の目の前まで来ると、その場にしゃがみ込んで、こちらの腰のあたりをまじまじと見ている。そ・の・手・の・イ・ベ・ン・ト・の期待と、
羞恥心で感情がオーバーヒート気味である。
行動再追記。その女性は、意を決したように手を伸ばし、感触を確認し、振り返って一言。
「長!もしやと思いましたが、こやつ紛れもなく男です!!」
「っ!?拘留の後、処刑せよっ!!」
結論。貞操ではなく命の危機である。
内心追記。思うてたんと違う!
・・・という経緯で俺が召喚されたのは、男性を忌避する女性たちのみで設立された国、”ザマー”。
石壁で周囲を囲まれた、古風な作りの城塞都市となっており、壁内に男性を入れるのは、俺が初めてらしい。
食料自給は、壁内での畑作と近隣の湖と海での漁(というか、手掴みと釣り)と、野生動物の獣肉らしい。
男性がいないため、周囲の街から孤児となった女児や、国風に同調する女性を見繕って、次世代の国民として教育しているらしい。
という概要を、女帝の命令で世話役を強制された女性が(渋々だが)話してくれた。
「ここが、勇者の部屋となります」
といって、案内された先はどう見ても牢屋だった。
「ちょ!?俺勇者だよ!?君たちの国を救いに来たんだよ!?」
と喚いたものの、聞き入れられず。仕方ないので、実力行使で逃げ出そうとして・・・見張り役の不可思議な術を食らって昏倒させられた。少なくとも、最初の世界で使用していた魔術とは、理を別にするものらしい。
・・・その後、牢で学んだことを下記にまとめておく。
・見張りが使ったのは自然術と言って、自然と心を通わせた者のみが行使することのできる術。(抽象的過ぎて理解不能)
・この国を含め、各国は狂化、暴走した野生動物の群れによって、人身や農作物などに被害が出ている。
・これについては、自然術を悪用する誰かが動物たちの本能に働きかけて起こしているという説が有力。(自然術を扱えるのは、確認されている限りヒト種のみであるため、限りなく人為的だということ)
・狂化した野生動物は、”畜生”と俗に呼ばれる。
・”畜生”は、身体能力も強化されているらしく、地球で分類するところの霊長類であれば、小石の投擲でも銃弾並みの貫通力を持ち、元からパワーのある大型の物ともなると、パンチ一つで岩にヒビを入れるらしい。
・皮膚や肉体は硬化しており、今の文明レベルで製作できる武器では、文字通り歯が立たない。
(実物を見せてもらったが、技術レベルは、戦国時代の日本にぎりぎり届くかという程度。ただし、日本刀はなく、銃は火縄式で滑空銃)
・必然、現状では自然術を持ってしか、”畜生”を退治することは不可能。
最初の世界ほど切羽詰まってはいないものの、十分に危機的だ。
俺ならば、自然術を使わなくても魔術を行使すれば対抗できるはずだが、この現状では手を差し伸べることもできない。
この塩対応ぶりからすると、説得も交渉も意味をなさないに違いない。(というか、実際に意味はなかった)
となれば、勇者と認められるための手段は一つ。少し荒っぽくなるが、結果さえ残せば、許してもらえるだろう。
そっと、手に魔力を集中する。ろくな食事も与えられていないため、全力には程遠いが、状況を打開するには充分だ。
イメージを明確にするために(あと、お約束として)、自分で名付けた術名を言葉にする。
「爆破!!」
耳鳴りを生じさせる爆音と共に、牢の石壁に大穴が開いた。
それから丸一日経過して。どうにか都市の外へと抜けだし、未開のジャングルを突き進んでいる。
もちろん、勇者らしく、事態を引き起こしている元凶とやらを見つけ、退治するなり改心させることが目的だ。
しかし、現実はそううまくいくはずもなく。
魔力は、脱出時の術の行使で既に底をつきかけており、食料も持ってきていない。
周囲を見回せば、極彩色の木の実やキノコが散在しているが、事前知識のないそれらを食べるのは躊躇われた。
せめて、湖か何かでも見つかれば魚にありつけるのになぁと思いながら歩いていると、目の前にゴリラに似たナニカが落ちてきた。
どうやら、木の上から跳び降りてきたらしい。もしかすると、話に聞いた”畜生”だろうか。
咄嗟に戦闘態勢をとり、魔力を練ろうとするが、いかんせん残量が少ない。
指先に火球を作る程度がせいぜいだろう。
野生動物なら、その程度の火でも使い方次第では追い返すこともできただろう。
だが、こいつが”畜生”であれば、気休めにもならないかもしれない。
緊迫した状況を打ち破ったのは、ぐぅ~という俺の腹の虫だった。
ギャグマンガじゃあるまいし、何もこの危急のタイミングで鳴らなくてもと思う。
しかし、結果的の腹の虫が事態を好転させる。
ゴリラもどきは、わずかに首をかしげると、背を向けてとある木の下へと歩き出す。
器用にそれを登ると、気の実をいくつかもぎ取って、そのうちの一つをこちらへ投げてくる。
そして、再び目の前に着地。
何をするのかと思えば、自身の手に持った実を齧りだした。
そして、食べ終えると、こちらをじっと見つめてくる。
・・・言葉は通じないが、意図は伝わった。つまり、『腹減ってんだろ?それ食えよ』ということらしい。
向こうが消化できるからといって、こちらが消化できるとは限らないし、ヒトにとっては毒かもしれないという思考が流れる。しかし、今回は本能欲求が勝った。
意を決して、一口。酸味と甘さが口に広がる。最初に蜜柑に似た酸味が広がり、その後林檎の如き甘さが押し寄せる。
気がつけば、芯を残して一つ食べ終えていた。
もう一つ、投げて手渡される。
食べる。
投げられる。
食べる。
・・・。
気づけば、6つも完食していた。
伝わるかは疑問だったが、命の恩人・・・いや、恩ゴリラに向けて、45度の角度で最敬礼を行う。
幸いと感謝は伝わったらしく、応えは両手を挙げてた、万歳のポーズで帰ってきた。
腹も膨れたし、いざ元凶探しへ!と歩き出そうとしたら、ゴリラに服の袖を掴まれた。
引きはがそうとするが、握力が強くて難しい。
目を合わせていろいろと話しかけてみるが、無反応。
そのまま無理に歩き出そうとすると、イヤイヤとばかりに首を振られた。
・・・どうやら、この世界の女性には好かれなくても、ゴリラには好かれるらしい。
仕方ないので抵抗を止めると、ゴリラが逆に俺を引っ張り出した。
まさか、餌を食わせて信用させた上で、俺を今夜の食事にするつもりなのでは!?と疑心暗鬼な思考を重ねたりもしたが、杞憂だった。
連れてこられたのは、ゴリラの他にも各種野生動物が集まっている湖だった。
周囲の土を観察してみるが、ヒトが足を踏み入れた痕跡は見つからない。恐らく、女たちが漁をしているのは別の湖だったのだろう。
そんなことをしていると、先程のゴリラが、大きな葉を頭上に掲げて寄ってきた。
目の前まで来ると、しゃがみこんで葉をこちらに向けてくる。
葉の上には水が乗っていた。
意図を察して、少し涙が出てきた。
両手で葉を受け取り、水を飲み干す。温かったが、美味しかった。
葉を返し、先と同じく最敬礼で返す。すると、向こうもこちらを真似て同じポーズを返してきた。
その日、初めてヒト以外の親友・・・いや、心友ができた。
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