第3話 そういう背景

「起きろ、寝坊助。いや、むしろ役立たず!」


 そんな声が響いて、闇に落ちた意識が戻ってきたことに気付いた。


 急ぐ必要もないのに、慌てて目を開ける。


 目の前にあるのは、召喚の契約をした時と同じ、むやみやたらと眩しい光球。


 とてもじゃないが直視できないので、背を向ける。


「相変わらず、眩しいんだが?」


「そりゃお前、こちとらお前らの世界で言う”神様”だぜ?お前みたいなちっぽけな存在に、オレの本来の姿を見せる訳にはいかないから、その代用さ。光が強いのは、その方が神々しく見えそうだからだ」


 相変わらず、謙虚の欠片もない尊大さだ。その上、タチの悪いことに自意識過剰で自尊心も高いらしい。


「しっかし、お前さんよ。せっかく言語や肉体の加護をくれてやったってのに、何とも締まらない結末じゃないか」


「不満があるなら、もうちょっと強力な加護をくれませんかねえ」


「それは無理な注文だな。契約の時に言っただろう?俺に対する信仰心では、この程度が限界だってよぉ」


「・・・何の話だったっけか」


「おいおい・・・」


 溜息一つ、それでも説明をしてくれる神様(仮)。





「まず、オレたち神様と呼ばれる存在は、知的生命体の生み出した概念、その概念から変じた化身だ。例えば、”闘争”の概念を司っていたり、”食事”の象徴だったりな」


「はぁ・・・」


 正直さっぱりわからないが、とりあえず返答くらいはしておく。


「お前、さっぱり理解していないだろう?脳味噌の代わりに豆味噌でも詰まってるんじゃねえのか?」


 煽られた。クソ、さっきから言いたい放題言いやがって。こんな屈辱は、ついさっきぶりだ。





「例えば、お前の後釜に座ったジュデン。あいつを手駒にしてるのは、”闘争”だ。だから、あいつは戦い全般においての加護を受けている。ハナから、戦闘面では今のお前に勝ち目はねえよ」


「なんとなく飲み込めたが、それならお前は何の概念の化身なんだ?」


「それを聞きたいなら、オレに対する信仰を、各世界から集めてみせろ。成果がある程度上がったら、答えてやってもいい」


「さいですか。で、どうして化身たるお前はそこまで信仰を必要とする?」


 そう背中越しに問いかけると、再び大きく溜息をつかれた。





「お前さん、ホントにオレさんの話を聞いてなかったのな。特別出血大サービスだ、頭に海老味噌の詰まっているお前さんに、もう一度だけ説明してやる。何せ、オレさんは慈悲深いからな」


「お願いする」


 副音声という名の本音は、『面倒くさい奴め』だ。あと、一人称が変わっている。


 そして、頭の中身が先程と変わっている。実は記憶力がないのはお前なんじゃないかとツッコミたい。


 声に出したりはしないが。





「いいか?まずオレさんたちは、概念を基にして生まれた存在だ。当然、数なんざ数え切れないほどいるわけだ」


「まあ、そうだろうな。概念なんて、それこそ無数にあるし」


「しかし、オレさんみたいに今でも活動している化身は、もう100を少し超える程度の数しかいない」


「そりゃまたどうして」


「対立する化身との戦に負けて、永久に眠っているからだ」


「戦?何のために?」


「世界に、より自分の名前や、元となった概念を浸透させたいからさ」


「イマイチわからん」


「あー、ちとお前の貧弱な頭では難しかったか。そうさな、宗教として考えてみてくれればいい。より、自分の信徒を増やして勢力を拡大させたいってな」


「究極的には、単一の概念しか持たない世界を目指すって?もしそうなら、流石に無理があるだろう」


「ああ、まったくもってお前さんの言うとおりだ。しかし、そんな不可能を目指しているわけじゃない。まあ、目的は後に説明するとして、だ。勢力拡大の為には、他の概念の化身は邪魔ってわけだ。で、結果として戦になる。先の例に習うなら、当人同士の宗教戦争みたいなもんかね」


 おぼろげながら理解できた。しかし・・・





「それで?そこまでして自分の名や、元となった概念を広めて何の益があるんだ?」


「んなもん、こういう場合の益っていえば決まってるじゃねえか」


「自分が主導権を経て、より理想の世界でも構築しようってのか?」


「いいや、違うな。もっと単純なことさ」


「さっぱりわからん」


「はっ、下等な存在のお前らからすれば、オレさん達の高尚な考えなんぞ理解できんだろうなぁ」


 高笑いをしてから、満を持して出た答えは・・・。


「んなもん、より有名になって崇められる方が気分がいいからに決まってんだろうがよ」


「・・・」


 果てしなく俗っぽい理由だった!もっとこう、俺達には及びもつかないような、壮大なスケールの目的があるのかと思ったら・・・。そんな俗な嗜好の為に、こいつと契約して協力していると思うと、憤りが溢れてくる。





「まあ、もっと実質的な利もある。名声を得て自身の化身としての格が上がれば、その分だけ自分の信徒に、自身の概念を基にした強力な加護を与えたりして還元することができる。オレさんにも、数は少ないながら、崇拝してくれている可愛い信徒がいくつかの世界にいる。できれば、そいつらには相応のモノを返してやりたい」


 なるほど。俺に対した加護を与えられないのは、こいつ自身の勢力が弱いということらしい。


 それにしても、ただの俗物かと思ったら、少しはマシな面もあるんだな。


 だが、まだ疑問が残る。





「それで?なんでそれが異世界召喚やら、勇者やらに繋がる?」


「少し話を戻すが、化身同士で戦があったと話しただろう?ある日、他を抹殺してでも名声を上げようとする、オレたち下位~上位の化身に対して、最上位の奴らが直接的な争いを止めるよう勧告してきたのさ。上位存在である我々が、下位の存在のような浅ましい理由で抗争劇の真似事なんて、面汚しに他ならないってな」


 気に入らねえとばかりに、舌打ちを連発する化身。


 一方で俺はというと、最上位にもなると、基本醜悪なこいつと違ってまともなのだなぁと安心、あるいは感心していた。





「で、当事者同士の争いにならないようルールを定めたわけだ。それが・・・」


「下位の存在から代理人を見出して、そいつに布教活動まがいのことを行わせるってか?」


「時々頭がキレるようになるな、ホントに。常日頃からそうであればいいのにと思うぜ」


「で、なんでそれが勇者に?」


「簡単な話だ。切羽詰まっている者を助ける方が、よりありがたく思ってもらえるからさ」


 確かに、それは自明の理だ。その感謝や信仰が永遠であるかは置いといて。





「そして、あんたに見出されたのがオレだったと」


「そういうこった。余談になるが、公平を期すために、代理人は、ある世界の宇宙に存在する、ある星の、ある国の人間の中から一人を選ぶようにと決まっている」


「要は、日本だろ?どうしてまた?」


「上の連中が候補を絞り込んだ上で、くじで決めたらしいぜ」


 ただのとばっちりらしい。日本国からすればいい迷惑だ。


「お前、向こうに住んでた頃に疑問に思わなかったか?どうして、異世界転生なり、異世界転移なりを扱った小説が、若者を中心にブームを巻き起こし、ヒット作を数多く生み出したのか」


「人物などの身近な部分だけでなく、背景としての世界観なんかまで、自身の創作上都合の良いように設定できるから。要は、小難しい知識が要らなくて辻褄合わせにも苦労しない分、圧倒的に描きやすいから」


「予想よりも、理屈の通った良い回答をするな。それも事実の一端だろうが、全容ではない」


 ふむ、他の要因というと、ターゲットとする年齢や、読み手も気軽に読める、あるいは自分を投影して楽しむこともできるとかそういう・・・


「一番の要因としては、最上位に名を連ねている、”創作”の化身がそれが流行るよう、世界に干渉したからだ」


 まさかの暴露だった。しかし、どうしてわざわざそのような・・・いや、なるほど。


「その顔だと、気づいたな。おそらくお前の考えている通りだ。ずばり、お前のように我々に見出された者がこうして召喚された場合、より早く状況を理解できるようにという伏線だ」


 あらかじめそういった創作物を浸透させておくことで、突然そういった状況に置かれた場合でも順応しやすくするというわけか。どうやら、最上位の化身達は、まともな一方で強かでもあるらしい。それとも、それだけ頭がキレるからこそ、達観していてまともなのだろうか。





「さて、もう少し細かい点について話をしてやりたいところだが、生憎と時間切れだ。どこかで、召喚の儀式が行われたらしいな」


 そう言われて、足元に魔法陣が形成されているのに初めて気がついた。





「せいぜい、次の世界ではしっかりやれよ。俺の為にな」





 そんな台詞を最後に、視界が黒一色に染まった・・・。

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