第2話 来世からやり直しなよ、あんた

「ツボミ、君の知っている通り、我が王国の状況は崖っぷちだ」


「理解しているつもりです」


「故に、我が王国は即戦力となる救世主を求めておる」


「は、はぁ」


 言いたいことは分かる。魔軍が本腰を入れて侵攻を開始すれば、この王国は物量で押しつぶされる。


 ”だろう”ではなく、確定の未来図だ。


「そこで、私は異世界からの勇者召喚という一縷の希望に縋ってみたわけだが・・・」


「・・・」


「やってきた君は、神の加護とやらにより、やたらと体が丈夫で撃たれ強く、保有する魔力量もそこらの魔術師を軽く凌いでいた。しかし、それだけのスペックがありながら実戦経験は皆無だという。」


 まあ、神様とやらとはそういう契約をした上で、この世界へ来たわけだが。





「そこで、来たる決戦の日に向けて魔術や剣術などの基礎を教えさせ、後は実戦でスキルを磨かせるために冒険者として活動してもらっていたわけだが・・・状況が変わった」


「変わった・・・というのは、まさか?」


「進軍が始まったのだよ」


 予想はしていたが、言葉が出なかった。


「悠長に、君の才能が開花するのを待つ時間は既に無くなった。よって、私たちは非常手段を取ることにした」


「非常・・・手段・・・?」


「オレのことだよ」


 玉座の影からスッと現れたのは、俺より若いながらも、得体の知れない圧迫感を持つ青年。


「彼はジュデン。身命召喚によって呼び出された勇者だ。彼には、君の代わりとして勇者の役目を担ってもらう」


「身命召喚・・・そんな・・・」


 聞いた話では、召喚の上位に身命召喚というものが存在するという。文字通り、術者の命を代償に、強力な力を持ったものを召喚できる術式。つまり、誰かが彼を呼ぶために命を捧げたのだろう。


「というわけで、もはや君に用はない。疾く失せてもらおう」


 冷酷に言い捨てる国王。


「そういう訳だ、先輩勇者さん。あとは俺に任せておきなよ。お前の後釜には、この俺が座ってやるからさ」


「くっ・・・」


 言い方に少しカチンときたので、感情のままに詰め寄ろうと体を起こす。


 しかし、腰を上げようとした瞬間、槍の穂先が首元へと当てられた。


 誰が邪魔をするのかと目線を動かすと、それはパーティーを組んでいた女戦士だった。


「ど、どうして」


「どうしても何も、あんたはもうお払い箱なんだよ」


 女戦士が、鼻で笑いながらそう告げる。


「そうですね。実力的には、こちらの彼の方が間違いなく上ですから。実力は、先程たっぷりと見せてもらいましたし」


 同じく、パーティーメンバーだった魔術師が、ジュデンの右腕に自分の両腕を絡めてそう言った。


 胸を当てているのはわざとなのだろう。


「国王の命令で、私たちは勇者様と行動を共にしていただけ。容姿がいいから、勇者を繋ぎ止めるのに丁度いいと言われた時は、流石に少し複雑だったけどね。彼は見た目もハンサムだし、まあそういう目で見られても文句はないわね」


 弓と短刀を得物とするハンターが、左肩に手を置きながら、トドメの台詞を放る。


 パーティーメンバーは全員、新参の勇者に付いてしまった。





 ・・・これが、NTRか。(もっとも、一夜を共にしたりはしていないが)





「そういうわけだ。さて、新しい勇者が来た以上、君をそのままというのは、どうにも体裁が悪い」


「・・・俺を、抹殺するということですか?せめて、ギルドで冒険者として働かせてもらえたりは・・・」


「残念だが、民には既に君は死んでいると伝えてある。そして、より素晴らしい代役として彼が来たこともな」


 どうやら、俺がここで死ぬことは確定らしい。ところがぎっちょん、俺もこのまま、はいそうですかと物分かりよく死ぬのは、それこそ死んでも御免だ。


 前触れなく左腕を跳ね上げて、槍の柄を叩く。首から刃が逸れた隙に、後ろへ転がって、態勢を整え・・・


「ふん!」


「!?」


 跳ね上げたはずの槍の柄が、方向を変えて顔へと向かってくる。


 強かに鼻を打たれて、後転しようとした勢いのまま仰向けに倒される。


 しかし、実戦で鍛えた体捌きのスキルには、俺だって少しばかり自信がある。


 背中から跳ね起き、右膝を曲げる。間髪入れず右足で地面を蹴り、曲げた膝のバネを前方への跳躍の推進力へと変える。


 そのまま女戦士を組み倒し、武器を奪って無力化しようと接近する。


「遅いねえ」


「がっ!?あがっ!?」


 二度の苦鳴は、蹴りを額にもらった時のもの、そして壁に叩きつけられた時のものだ。


「そん・・・かな・・・」


「普段のクエストの時の動きが、あたしたちの全力だと思ってたのか?あれは、あんたが自信を喪失したりしないように、実力をセーブしてたのさ」


 どうやら、俺がみじめにならないよう、気を遣ってくれていたらしい。代わりに今、とてもみじめな訳だが。くそ、こんな屈辱は・・・三週間ぶりだ。


「やれやれ、それで勇者を名乗っていたんですか、先輩?」


 ジュデンがそう笑った直後、その場から消えた。


 いや、ふと気配を感じて女戦士のほうに向きなおると、戦士の顎に手を当ててキザなポーズを取る奴の姿があった。女戦士の驚愕の表情からすると、彼女の身体能力を持ってしても、反応できなかったらしい。


「気易く触るんじゃないよ。実力は認めてやるけどね」


 手を振り払って、そっぽを向く女戦士。少し頬が紅潮しているのは、戦士としての羞恥心か、それとも女としてか。





「余興はそのくらいで良かろう。ツボミ、一応礼は言っておくぞ。今までご苦労だった」


「・・・そりゃどうも。呪殺系のスキルでも学んでおけばよかったと後悔しているよ」


 精一杯の負け惜しみとして、そんな台詞を捨てていく。


「・・・?どうやら勘違いしているようだが、何もお前を殺したりはしない。私も、そこまで恥知らずにはなりたくないのでね」


 どの口が言うかと思いながらも、続きの台詞の方が気になるので、奥歯を噛みしめてこらえる。ギリッと口内で音が鳴る。


「この世界では貴様は無用の長物だが、他の世界で貴様を必要としている者もいるかもしれん。よって、命を奪うのではなく、貴様を別の世界に放逐することとする」


 ・・・はい?つまり、別の世界で、また勇者としてやり直せということだろうか。


 そんな疑問を浮かべている間に、足元に魔法陣の輝きが現れていた。


 覚えがある、俺がここに来た時のものと同じだ。


 ・・・いや、細部のディテールが少し違うか。


「ではさらばだ。次の世界での活躍を祈っている」


 面接に落ちた時の企業のメールかよ!と罵ってやりたい。





「来世からやり直しなよ、あんた」


 ジュデンの憎たらしい笑顔を、その世界の最後の光景として、俺の意識は闇へと落ちた。

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