第一章 春の国の兄弟

1.ほんと、孤児院に来る前に高熱出てくれりゃあ、よかったのに(1)



 

 それは雷に打たれたような衝撃だった。


 二日間続いた高熱から目覚めた6歳児幼い私の脳裏に浮かんだそれは、「魔法使い見習いと五人の王子様 ~いつか君を迎えに行く~」というふざけた言葉。



 私は寝ていた体を起こし恐る恐る窓に近づく。そうして外の景色を見て、言葉を失った。



 窓の外には緑豊かな…というか、緑しかない森がありまして。外で元気に遊ぶ子どもたちもおりまして。そんな子どもたちを優しく見守る神父様。そして元気に遊ぶ子どもたちの輪に入らない2人の身目麗しい兄弟の姿がありました。ハハハー。


 その場に崩れ落ちた。


 ここは主人公と王子様たちが幼少期に出会う孤児院。そして今、私が見ているこの光景は、ゲームのオープニングに流れる映像とほぼ同じ。




 つまり私は乙女ゲームの世界に転生してしまったのだ。





//////☆



 人生が終わるのはほんとうにあっけない。

 私はぼーとベッドの上に寝転がりながら、自分の身に起きたことを整理していた。


 前世の私の名は月森安未果。20歳の女子大学生だった。

 裕福でも貧乏でもない普通の家庭に育ち、めんどうごとには巻き込まれないように普通に暮らし、普通に大学生になって、普通に飲酒運転をしていたクソジジイの事故に巻き込まれて死んだ。


 はい。みなさんここで、なんで死んだくせに飲酒運転だってわかるんだよと思うかもしれない。たしかに私も死んだ手前、私の死因が飲酒運転による事故だとは断言できない。

 が、月森安未果の最後の記憶として存在していたのは、真っ赤な顔でへらへら笑うジシイの顔であった! そのため飲酒運転の事故に巻き込まれたことは間違いないと思う。あのクソジジイ!


 さてそんな哀れな私は前世ではまっていたものがあった。

 それは乙女ゲームだ。


 月森安未果はとにかくめんどうくさがりやの女だった。

 自分でめんどうくさがりやとか言うのもあれだけど、ほんとうにめんどうくさがりやの女だったんですよ。マジで。

 趣味の読書と妄想を除いては、動くことすらおっくうだとぼやくそんな女だった。


 勉強をするのも、運動をするのも、人間関係も、恋愛も、なにもかもがめんどうくさい。

 だがコミュニケーション能力が一番に求められるこのご時世、めんどうならば勉強も運動も友人作りもしなくていいよ、ということにはならず。社会から抹殺されないためにも私はほどほどに頑張った。


 そのほどほどに頑張って作った友人に勧められたのが乙女ゲームだった。

 「いいよ。やるひまないし」

 「いいからいいから」

 と無理やり押し付けられ…ごほん。貸して貰った手前、やらないというわけにはいかない。


 面倒だと思いつつも、私は乙女ゲーム「魔法使い見習いと五人の王子様 ~いつか君を迎えに行く~」をプレイした。


 ゴロゴロガッシャーン

 大学1年生の冬。私は乙女ゲームに衝撃を受けた。

 

 なにこれおもしろい。

 ていうかこのゲーム悪役がかわいそうすぎるっ。

 と、こんな感じで。


 

 私が心を奪われた、「魔法使い見習いと五人の王子様 ~いつか君を迎えに行く~」通称「いつ君」は、ファンタジー、戦闘、恋愛、魔法といろいろ詰め込んだ乙女ゲームであった。


 精霊が存在し、魔法使いと呼ばれる者達が生きていた時代。

 権力を巡り争いあっていた4王国が、戦争を止め和平の証として作った学園が、乙女ゲーム「いつ君」の舞台となる。


 ヒロインは16歳の金髪美少女。

 幼少期孤児院で暮らしていた彼女は7歳の誕生日の前日に、魔法使いに魔法の才を見出され攫われ、魔法使い見習いとして生きることとなる。

 そして10年後、16歳となった彼女を孤児院時代に知り合った王子攻略対象が迎えに来ることで本編が始まる。王子の手引きで学園へと入学したヒロインが、学園生活の中で引き起こされる謎の事件を王子と共に解決していき愛を育んでいくといったストーリーだ。アクションスリル謎解きラブコメすべてが詰まった超大作の乙女ゲームである。


 ええ、ほんとうにスリル満点の乙女ゲームでしたよ。バッドエンドの数が半端じゃないほどありまして、一歩間違えれば、ヒロインも攻略対象も悪役も当て馬も、みーんなもれなく死にました。


 私はそんな乙女ゲームのヒロインへと転生してしまったのだ。

 わーい、やったー!人生勝ち組☆モッテモテな人生が私を待っているのね~。



 「って喜ぶわけないだろォ! つーかなんで私がヒロインなんだよー!!!」



 私は枕を思い切り床に投げつけた。

 うれしくない。ほんとうに、全くもって、うれしくないから!


 「前世モブだったのに、なんで今世ではヒロイン!? 望んでないんですけど!?」


 もしかしてこれは夢? うん。夢としか考えられないね。と、自己完結現実逃避しようとしたのだが――現実は非情だ。


 窓ガラスに映る私の顔は、超絶美少女。乙女ゲームのヒロイン6歳時の顔である。

 そして私が現在いるこの場所は、ヒロインが攻略対象と出会う孤児院。窓の外にいる子供のうち2名は、攻略対象と悪役の幼少期の顔をしていた。

 はい、詰んだ。

 現実が私を逃がしてくれません。この分だと地獄の果てまで追いかけてきます。なので受け入れます、はい。はぁ。


 「ていうかどうしよう。乙女ゲーム開始しちゃってるじゃん」


 そう。目先の問題はここであった。

 本編こそ始まっていないが、乙女ゲームのストーリーはもうすでに始まっているのだ。


 というのも私が転生してしまった「いつ君」という乙女ゲームは、孤児院編と本編の2部構成となっていて。まず孤児院編で、ヒロインは攻略対象である4王国の王子・悪役たちと出会い、イベントやらをこなして仲良くなる。そうして本編開始時に孤児院時代で最も好感度が高かった攻略対象が魔法使いに攫われていたヒロインを迎えに来るのだ。

 まあ迎えに来るというのはだいぶオブラートにつつんだ言葉で、真実は「君を迎えに来たよ」とか言って有無を言わせずヒロインを攫うのだが(※誘拐は犯罪です)、まあその話は置いておこう。


 つまり私は現在、攻略対象の王子・悪役たちと知り合う段階にいる。


 さてここで再度、言わせてもらいたい。

 このゲームは選択肢を一つ間違えただけで、ヒロイン、悪役、王子が、死ぬのだ。主要キャラが死ぬ。モブ以外は全員が死ぬ可能性を持っている。


 ヒロインが一人で自殺をする場合もあれば、ヒロインが王子と無理心中、ヒロインが悪役に刺されて死ぬなんて場合もある。ヒロインがモブに殺される場合もあった気がする。うん。お願いだから、ヒロインを大事にして。切実に。

 もちろん王子と悪役が互いに殺し合って死ぬという場合も数多くあった。もうお前らどんだけ死にたいんだよ。生きようぜ? って感じのゲームなのだ。


 そんなバッドエンドにまみれた世界に私は転生しまった。しかもヒロインとして。しかもしかも、もう乙女ゲームはスタートしてしまっている。

 はい、絶望しかない。目の前が真っ暗だ。

 

 言っておくが私は死にたくない!

 前世より享年(仮)が若いってどういうことだよ。バッドエンドだと17歳になる直前でヒロインは死ぬのだ。しかも死因最悪なものばっかりだし。私は長生きしたいんだよ。


 となると、私がやるべきことは一つであった。


 「孤児院を抜け出して私は一人で生きて行く!」


 私は窓枠に手をかけた。

 もちろん外に飛び降りるためにだ。


 死にたくなければ「いつ君」という乙女ゲームそのものを破綻させてしまえばいい。ようするに、ヒロインが攻略対象&悪役と関りを持たなければいいのだ。

 このまま孤児院に居続ければ主要キャラたちとの遭遇は避けられない。ならば逃げるしかないだろう。

 幸いここは2階。下には落下時にクッションになりそうな雑草まみれの花壇がある。天は私に味方したと言っても過言ではない!


 「わーはっはは! さよなら孤児院!」

 「お? リディア、元気になったのかのぉオオオオ!?」

 「…げ」


 私が窓から飛び降りたのと、私の様子を見に来た孤児院の主である神父様が顔を真っ青にして走りだしたのはほぼ同時だった。

 




 「……リディア、わしを殺す気?」

 「……。」



 私の目の前にあるのは青々とした雑草たちの緑色…ではなく、黒と白。神父様の着用している牧師様の服の色と真っ白なお鬚の色だ。


 …このおじいちゃん、飛び降りた私の腕を掴んで引っ張り上げたのだ。

 だがしかし、彼は老体に鞭を打ったようで、真っ青な顔でぷるぷる震えて今にも死にそうだ。え? 真っ青なのは私が飛び降りようとしたからだって? ハハハ。


 まあなにはともあれ、神父様の火事場の瞬発力により、私の逃亡計画は破綻してしまった。許すまじ、神父様。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る