1.ほんと、孤児院に来る前に高熱出てくれりゃあ、よかったのに(2)



 春の国、夏の国、秋の国、冬の国。

 これら4つの国はお互いの領土を広げるために血で血を洗う戦いを続けていた。

 そんな4つの国の中央に位置するのが、神と精霊の加護のもとあらゆる悪から守られている孤児院だった。


 物理的な意味でこの孤児院はあらゆる悪から守られていた。


 神に仕える神父がつくったこの孤児院は悪を受け付けない。戦争の被害が及ばないまじないがかけられていた。ようするに孤児院を覆うように、無敵バリア的なものが張られていたのだ。


 平和な孤児院。

 その一方で4つの王国は混沌としていた。

 戦争の被害は王たちが住む王都にまでおよんでおり、4国の王それぞれが自らの死を国の死を考えざるを得なかった。


 王たちは考えた。

 自分たちはどうするべきなのか。


 簡単な話いますぐ戦争を止めればいいだけの話なのだが、もちろん王たちにこの考えはうかばない。自分たちの国を捨てて逃げることもできない。


 そうして王たちがない頭振り絞って考え付いたのは、王家の血を継ぐ子供だけでも安全な場所に避難させるということ。

 安全な場所として白羽の矢がたったのが戦争に全く関与していない孤児院であった。 



 そうだ!戦争が終わるまで、王子たちを孤児院に預けちゃおっと。

 神父はやさしいから、おれたちのお願いを聞いてくれるでしょ?てな感じで。



 こうして攻略対象である4国の王子たちは孤児院へ預けられることになり、ヒロインと出会う。乙女ゲームのスタートだ。

 あ、ちなみにだけど王子たちは入れ替わるようにして孤児院へとやってくる。一応素性は隠しているらしいけど敵国の王子たち孤児院に全員集合!なんてことになったら安全なはずの孤児院でバトルがはじまってしまうからね。 


 まあそんなわけで攻略対象の王子たちは、他の王子たちの存在など知らないまま、自分だけがヒロインと出会い恋におちたと勘違いをして、王国からの迎えが来たのでさよならをして孤児院を出ていき、10年後、魔法使いにさらわれたヒロインを迎えに来て、戦争が終わり和平を結んだ4つの王たちが作った学園を舞台に本編が始まっていくのだ。



 「うぅ。リディアが高熱のせいで。頭がおかしくなってしまった…」

 「……。」


 おわかりいただけただろうか。わかりませんよねー。

 私が冒頭からこんなにも長い回想のようなものをしていたのは、すべていい年こいて号泣する神父様のせいであった。もう暇すぎて回想しちゃったわけよ。


 この神父様、かれこれ30分は泣いているのだ。

 私が窓から飛び降りようとしていたことに、かなりの衝撃を受けたようで。「慎ましかったリディアが…」「悪魔に魂を売った…」だの言いたい放題。リディアと知り合ってまだ2日しか経っていないというのに、知ったような口で悲しまないでいただきたい。

 

 ええ、そうなんです。私、神父様とはきのう初めて会ったんですよ。


 実を言うと、私はきのう孤児院に来たばかりの転校生状態である。

 本来であれば、来た当日から乙女ゲームの物語がはじまり、さあみんなに自己紹介をしましょう!のところでイベントが発生する。のだが、こともあろうに私はこの自己紹介ししましょうのところで高熱を出して倒れてしまったのだ。


 今思えばこの高熱が私に前世の記憶を思い出させたのかもしれない。

 ありがたい。思い出せたことはありがたいと思うが、孤児院に到着する前に高熱がでてほしかった。

 だって孤児院にさえ来なければこのゲームははじまらなかったのだから。


 「うぉおおん。リディアが」

 「…。」

 

 しかし困った。このうざい神父様のせいで私は乙女ゲームから逃れられなくなってしまった。これから先私を待っているのは、王子攻略対象との好感度を上げるイベント地獄だ。本編開始させたくないのに、なにが悲しくて王子の好感度上げなけりゃならないのか。

 

 ……ん?待てよ。

 頭のいいリディアちゃんは気づいた。

 もしかしてこの孤児院時代で、私がどの王子からも好意的に思われなければ王子は私を迎えに来ないのではないか?=本編がはじまらないのでは?と。


 そうだ。フラグを立てなければいいのだ。

 簡単に言ってしまえば、王子たちはちょろい。

 ヒロインがちょっとやさしくしただけで惚れてくる。


 つまり私は王子たちにやさしくしなければいいのだ!


 ストーリー上、王子たちから絡まれることは必須だ。

 彼らから逃げることはできない。

 できないが対処の仕方はいくらでもある!なんなら嫌われたっていい。

 そうすればみんなが死なない幸せな未来がやってくる。


 私は自分が死ななければ他はどうなってもいいとは思っていない。登場人物全員が死なない幸せな未来を望んでいるのだ。

 だから今私が思いついた考えは、うん。すばらしすぎる。

 そうだ。未来の悪役たちの悪役要素も取り除いてしまおう!私のひらめきは止まらない!


 このゲームの悪役、ほんとうにかわいそうなのだ。悪役の彼らはほとんどが素質は持っていたものの、ヒロインと関りさえしなければ悪役にはならなかったのではないかという面子ばかり。ヒロイン|と関わったばかりに、彼らは憎悪や嫉妬やコンプレックスを抱いてしまう。


 だから今のうちに悪役たちを教育して、悪役要素を取り除いてしまおう!そうすればさらに本編開始はさらに遠のき、幸せな未来が私たちを待っているに違いない。

 わーお。私天才。

 

 「おお。神よ。精霊よ。リディアの命を救うために、彼女の慎ましさをその代償とするとは、なんたる…」

 「神父様~。私、代償とられてませんよー」


 いまだに泣き続ける神父様にはもう我慢の限界だったため、おーい?と、私は神父様に呼びかけるが彼はうぅと目頭を押さえる。私の姿どころか、私の声すら聞こえていないようだった。自分の世界に入り込んでいるようですねー。


 15分後。やっと彼は落ち着いたのか、いつもゲーム越しに見ていた穏やかな表情で私の隣に座った。


 「熱が下がってほんとうによかった。代償は気にするでない。アグレッシブで、わしの寿命を削り取ろうとするお主もまたリディアの一面の一つ。リディアはリディアらしく生きるのじゃ」

 「なぐさめてるようで、私のことめっちゃ貶してますよね?」

 「いやぁ、それにしてもすごい高熱じゃったな」

 「……。」


 このジジイ、人の話を、聞いてない。リディア、心の俳句でした。


 「わしってば、リディアの体に何らかの影響が出ているかもしれないと思ってたんだけど、自殺未遂を起こすくらいしか変化がなくてほっとしたわい」

 「ハハハー」


 とりあえず笑ってごまかした。

 一応体には前世を思い出すという影響があったのだが、これを言うとまた面倒なことになりそうなので言わないでおきます。ていうか自殺未遂は大きな変化だと思いますけど?いや自殺しようとしたわけじゃないけどさ。


 「そんじゃあ元気そうだし、みんなにリディアのこと紹介するかの」

 「へ?」

 「さあ、おいで。2日前はできなかった自己紹介をこれからしにいくぞい。なーに。みんないい子じゃ。すぐに仲良くなれる」

 「……へ?」


 急展開。

 まぬけ面する私を知ってか知らずか、神父様は穏やかに笑いながら私の手を引き部屋を出る。

 とてとて、とてとて、とてとてと…


 いや、とてとてと歩くじゃないよ!

 ちょ、待ってぇぇぇ!



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