第3話
小さな頃、ピアノを習っていた。
隣に住む女の子が行っているピアノ教室に自分も行きたいと親に頼んだのが始まりだ。
ピアノなんて直ぐに弾けるようになると思っていた。そして、上手に弾くところを見せて好きになってもらいたかったのだ。
だけど、実際にそうはならなかった。結局彼女よりもピアノが上達することはなかった。
今はもう、どちらが上手いかを比べることすらできない。
彼女はあの日、俺の目の前で車に轢かれ、そのまま意識が戻ることはなかった。
血の臭いと動かなくなった彼女の温かく柔らかな感触が今も脳裏に焼き付いている。
だからこそ、塔野めぐみの顔を見たとき俺は狼狽した。あの日の記憶がフラッシュバックし呼吸が少し乱れてしまった。
克服したと思っていたトラウマが再び深くえぐられた瞬間だ。
その夜、恐怖の中にも小さな光が生まれていた。彼女にまた会えたような錯覚により安堵と歓喜と、様々な複雑な感情が渦巻き始める。
分かっているのだ。塔野めぐみは【彼女】ではない。
【彼女】は死んだ。分かっているさ。分かっていても……
塔野めぐみを【彼女】に重ねずにはいられなかった。
こんなことは、失礼極まりないことだ。俺は最低だ。彼女の容姿に惹かれている。それも、【彼女】の容姿にだ。
さっき図書室で初めて会った女の子のことが気になってしかたがない。だけどそれは……
モヤモヤしたまま翌朝を迎えた。
登校中に予期せぬ再会が訪れた。
彼女はまだこちらに気づいていない。素通りすることもできたが、声をかけずにはいられなかった。
きっかけはどうあれ彼女に惹かれてしまったのは事実だ。彼女を知りたいと思う気持ちは嘘じゃない。
俺は、彼女が【彼女】と違うことを理解していこうと思った。
それが正しいかなんてわからない。だけど、もう止められなかった。
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